外交官が語る日本被災地からの中国人集団避難

外交官が語る日本被災地からの中国人集団避難。 地震発生当夜11時、在日中国大使館の指揮部は合同作業チームの派遣を決めた。チームリーダーを任された私は、被害が最も深刻な宮城県をすぐに大使館からの見舞いの言葉を携え出発し、中国国民、特に留学生や研修生の被災状況を確認して回った…

タグ: 中国 外交官 日本 被災地 集団 避難

発信時間: 2011-03-31 16:56:15 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

▼避難のカギは車両

13、14の両日、作業チームはそれぞれ各大学、避難所、宮城県災害対策本部、仙台市政府、仙台国際センター、宮城県華僑総会、研究生が勤める工場などに目標を絞り、中国国民の被災状況を調査したほか、安否情報を確認し、大使館のホームページに掲載した。

15日、作業チームは大使館幹部の指示を受け、福島原発事故の深刻性と不確定性を考え、中国人を被災地から避難させる準備を行った。

私たちは直ちに被災状況の掌握から緊急避難の協力に重点を移すとともに、仙台駅と大通りに近い仙台国際ホテルと仙台市役所の2カ所を集合地点に選び、大使館のホームページに発表した。大使館からの緊急避難が指示されてから午後6時頃までにこの2カ所に700~800人が集まった。

当日、作業チームはそれぞれ仙台市役所と民間団体に車両の準備を要請したが、被災地の被害はあまりに大きく、車両の調達は困難だった。最終的に大使館本部の協力を得て、新潟から大型バス5台を緊急調達した。

避難のカギは車両だった。初日の避難状況から、16日に避難のピークを迎えると予測し、大使館と新潟総領事館は総力を挙げて7~9台の大型バスを調達したが、まだまだ足りなかった。そんな時、仙台に20年以上暮らしている張迤婕さんが車両調達を買って出てくれた。張さんは中国人学校の教師で、仙台国際センターでボランティアもしている。15日夜、彼女は山形県の自動車会社と連絡を取り、15台の大型バスを調達した。15日に成功した全座席が埋まれば発車するというやり方で、16日朝8時から夜7時までに20台、計1100人以上を搬送した。残り1台になった時には集合地点で待つ同胞はいなかった。

3月15日から18日午後4時まで集合地点を一時閉鎖、その後4日間続けて計35台の大型バスで華僑、留学生、研修生、香港や台湾の同胞、日本国籍の華人、残留孤児ら1800人を安全な場所へ避難させた。同胞が熱い涙を流しながら「祖国万歳」と叫ぶ声を聞いた時、私たちは苦労した甲斐があったと思った。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年3月31日

     1   2  


日本人フルタイムスタッフ募集
「中国網日本語版(チャイナネット)」の記事の無断転用を禁じます。問い合わせはzy@china.org.cnまで

コメント

コメント数:0最新コメント

コメントはまだありません。