日本のこうした外交計略は中国ではきちんと解読されておらず、世論も誘導されている。これは主に東京都による島購入を「日本の焦りの表れ」、「極少数の政治家による茶番劇」などと報じていることからも見て取れる。
しかし、「釣魚島危機」が繰り返し発生する以上、「係争の棚上げ」、「友好の大局」などもはや存在しないという現実を正視するべきなのだ。中日間の国家利益の衝突を「少数の右翼分子」が「小細工を弄しているだけ」と軽視するような、実情から離れた想像は、中国の外交政策決定にとって一種の邪魔となる。これでは中国政府は厳粛な国家間の政治的責任という立場からメディアおよび外交の検討課題を設定できなくなり、道義と主導権という高みから早いうちに事態の発展を抑制することができなくなってしまう。
事態を転換するには、対日外交を革新し、「係争を棚上げ」した結果の悪影響を正視し、交渉による釣魚島問題の解決に即刻着手することだ。中日国交正常化の交渉の際、田中角栄首相と周恩来総理は「係争の棚上げ」で共通認識に達し、「後で話し合おう」と約束した。しかし日本が発表した史料は1988年9月に外務省が当時の記録の原本をタイプし直したもので、「後で話し合う」という内容が無いばかりか、周恩来総理が「尖閣諸島」と称している。これはおかしい。日本の学者はこのようなでたらめな資料で「領土問題は存在しない」と結論づけている。事実、「釣魚島問題」の存在を認めないなら、中日の国交が存在するはずも無い。これは中日交渉の根拠である。
中国は対日外交においてもっと主体性を強化しなければならない。一部民間人による行動では国家間の政治問題を解決できないし、それで外交不在をごまかしてはならない。また、「東京都は上陸しなかった」という言葉で「現地調査」問題の深刻性をごまかしてはならない。日本主導で事態が発展するのを放任しているだけだ。これにより、中国国民からの強い反発を招く可能性があるが、激しい世論は実力を強化する口実を日本に与えるだけだ。事態がコントロール不能になれば、誰が勝とうが負けようが両国の外交は失敗し、和解が難しい大きな傷口が生まれてしまう。要するに、「係争棚上げ」の幻想を放棄し、交渉による解決に着手し、国際法ではっきりとした結論を出すときが来たのだ。
「人民網日本語版」2012年9月3日