以前は一家はラビア氏と電話で連絡を取っていた。「私たちに暮らしぶりを尋ねる母に、私はみな良い暮らしをしていると言った。ラマダン明けに家族と友人達が一緒に歌い、踊ったビデオや写真も母に送った」「母は私たちに騙されているとも考えていた。でも私たちは確かに良い暮らしをしている」。長男は数年前にラビア氏がこそこそと日本を訪問し、こともあろうに靖国神社に行ったことを覚えている。「かつて中国人を死傷させた戦犯たちをなぜ参拝に行くのか。なぜそんな所に行くのか?」と家族は問いただした。その後、長男はラビア氏との連絡を絶った。「母が電話できないよう、家の電話線も抜いた」。
「母は自らの目的を達成するために私たちを利用しているのだと感じた。そして母の目的は、国外の反中分子に利用されている」。長男と家族はラビア氏の反中発言のために政府から「区別して扱われている」ことはないという。「私たちがどんな困難を抱えている時も政府は速やかに支援してくれる。実際のところ、それに私たちはやましさに恥じ入る思いだ」。取材を終える時、長男は記者に自宅に上がって娘や甥といった若者の話を聞くよう誘った。
自宅に上がると、ラビア氏の孫娘がティー・テーブルを片付けているところだった。彼女と同じくラビア氏の孫娘(外孫)である従姉が微笑んで記者を迎えた。彼女らは同じ建物の向かい合わせの部屋に暮らし、よく一緒にショッピングなどをし、仲が良い。
ラビア氏の孫娘達。範凌志撮影。
今年23歳の孫娘の祖母ラビア氏への印象はテレビのニュースや年長者の話から得たものだけだ。最初同級生達は彼女が誰か知らず、後になって知ると次々に尋ねてきたのできまりが悪く、誰とも祖母の話はしたくなかったという。「先生は私に特に良くしてくれ、その事が起きたあとはなおさらに私の生活と学習を気にかけてくれ、学業に余り大きな影響はなかった」。彼女は新疆大学経営学部を卒業したばかりだ。
ラビア氏のする事なす事が、外孫に相当の負の影響を与えた。「2009年にあの事(7・5事件を指す)が起きたころ、私は高一で、気が重く、1年休学して自宅で料理や読書をするしかなかった」。最終的に南開大学に合格し、薬理学を学んだ。現在は新疆医科大学大学院で勉強を続けている。「彼女(ラビア氏)はいつも『ウイグル文化は絶滅させられる』と言うが、私たちは祝日を祝う際に伝統衣装を身につけ、ウイグル族の踊りをし、ウイグル族の歌を歌う。現在私たちは知識を学ぶこともできる。学校の提供してくれる様々な有利な条件と補助金は、いずれも国がサポートしているものだ」。
ラビア氏は中国大陸部外でいつも「ウイグル人に自由はない」とデマを飛ばしている。だが彼女らのような若者からすると、自由は難解なものではない。「自由とは、合法であることを前提条件に、何でもしたい事ができ、誰にも制限されないということだ」。このため、彼女らはラビア氏がもうデマを飛ばさず、その静かな生活を妨げないことを望んでいる。(編集NA)
「人民網日本語版」2020年1月13日