科学技術の教育 「ゆとり教育」が果たした役割
有馬氏が「ゆとり教育」の政策を打ち出したのは、中央教育審議会の会長になった1996年。この政策について日本では様々な意見があるらしいが、有馬氏は「『ゆとり教育』がだめだというのはうそだということがだんだん見えてきた」と断言する。
「理化学研究所の理事長になってから、どういうふうに子供たちの教育をすればいいのかを考えるようになりました。それまでの教育では、子供たちに覚えろとばかり言い、詰め込み教育が主で、これでは考える力が伸びないということに気づいたのです。そして独創性や考える力を育てなければいけないと言い始めました。みんな自由に勉強できるようにしましょう、教えることは最小限にして、ほんとうに必要なことだけを教え、あとは自分で考えなさい、基本的知識をもとに応用力を伸ばしましょう、というのが『ゆとり教育』の本旨です」
「これは米国の教育と似通っています。国際数学・理科教育調査(TIMSS)による約50カ国を対象とした小、中学生の数学や理科の学力評価では、アジアの国や地域は上位5位を占め、米国は10番前後、イギリスやフランスの順位も低い。つまり小中学校の段階では、アジアの子供の成績が欧米より高いのです。これはなぜかというと、日本や中国、韓国、シンガポールなどのアジアの国は教育がまだ発展途上国型の傾向にあるからなのです。つまり平均学力が高い。これは大量生産に向いているということでもあり、そのためにGDPが伸びたのです」
「ところが欧米は既にGDPが高く、平均学力水準向上への追求よりも、今は独創性のある人を育てようとします。だから欧米の平均水準は高くないけれども、物事をすすめていく能力が高い人たちが多くいます。欧米は個人個人が自由に考える社会。ある程度、経済力が上がるとそういう社会に移行してゆくのです。日本も発展途上国型から知的創造性を持つ社会へと移り変わろうとしています。ところがこの『ゆとり教育』政策は現在、また見直されてしまいました。しかし、この30年の小中学校の成績を追跡して調べてみると、『ゆとり教育』世代の子どもたちが成長したあとの成績は、『ゆとり教育』前の世代の成長後の子どもたちの成績に比べてはるかに良いのです」