心の和解は相互訪問から始めよう

タグ: 日本経済 構造的変化 清華大学 劉江永教授

発信時間: 2010-05-05 11:02:12 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

中国の日本研究学者で、両国のメディアとかくも濃厚な付き合いをしている清華大学の劉江永教授。

「メディアこそ、両国国民の相互理解にとっての架け橋だ」という認識から、取材依頼に対して「ゼロ拒否主義」(一切断らない)を通していると言う。中国国内のみならず、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」をはじめ、日本の主流メディアの手がける「日中大論争」など各種シンポジウムにも度々参加し、日本国民向けの発信にも心がけてきた。

また、清華大学の学内では全学生向けの日本レクチャーも長年にわたり開いている。1回あたりの聴講生が1000人を越える規模の講演を含め、年10回以上催した年もあると言う。

研究成果を学界内部にとどめることなく、両国国民への発信を常に意識し行動する清華大学の劉江永教授に、世界金融危機や日本の政権交代を背景にした中日両国の今、東アジアの向かう方向について聞いた。

■ 【提案】心の和解は相互訪問から始めよう

――中日関係を語る時、「歴史問題」もよく話題に出されますが、問題の本質は?

中日間の歴史問題については、日本政府は1998年に発表された「中日共同宣言」で、「過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した」と明記しました。日本政府が政府間の正式文書で戦争の性質について正式に記したのは、これが初めてのことで、大きな進歩だったと私は見ています。

しかし、一方では、日本はたいへん婉曲な形で戦争に言及していました。「深い反省を表明した」という表現は国交正常化を実現した際の『共同声明』の表現を踏襲した文面です。

これまで、日本の指導者は数多くの場で戦争について口頭で詫びてきましたが、問題は、その表現方法や行動がその時々により違いが出てきていることです。また、指導者が変わるごとに、表現の誠意や行動も異なってきました。「靖国神社に参拝しない」と明言した政治家もいれば、「かならず参拝する」と主張する政治家もいます。外部に、日本人の指導者は戦争処理あるいは歴史認識に対し、それぞれ異なった見方をしているというイメージを与えかねません。このことは日本のイメージを損ない、隣国の日本を見る目にも直接マイナスの影響を及ぼしていると思います。

――鳩山政権の発足はこの問題の解決にどのような影響を与えると見ていますか。

鳩山内閣の発足、民主党政権の誕生は、日本の戦後において重要なターニングポイントです。これにより、日本政治の流れは「脱右傾化」となり、その対外戦略も冷戦時代のアメリカの軍事プレゼンスに頼る反中国的な発想から脱け出すことを意味すると見ています。

日本の政局はまだ不安定な要素がありますが、民主党はこれまで歴史を直視せよと呼びかけ、一部議員は野党時代から歴史問題の妥当な解決を呼びかけてきました。これを背景に、もし民主党が長期政権になれば、日本の政治的右傾化という社会風潮が抑制されると思います。

――問題の解決に向け、日本にどのような取り組みが求められていますか。

戦後50周年にあたる1995年、村山内閣は「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」(不戦決議)を提出し、国会の意志として、日本は歴史上、侵略戦争で隣国に被害をもたらしたことを認め、不再戦を日本国民と世界に宣言しようとしました。

この決議は衆議院でかなり書き直される形で可決されたものの、参議院では反対に遭い、提出が見送られました。その頃からほぼ10年以上、日本の政治的右傾化という社会風潮が蔓延し、「政冷経熱」の中日関係もその影響を受けた結果の一つでした。

民主党の政治基盤が比較的安定して、日本の国家意志として歴史問題に関する国会決議が採択されれば、日本の今後の発展にとってプラスになるし、中日両国が歴史認識における矛盾を解決する上にも有意義だと思います。

――戦争の加害国であり、被害も受けた日本が、周辺国の国民と心の和解を実現するのに、提案したいことは?

数年前、私は広島で講演した時、400人の聴講者に提案したのは、戦争の跡が残っている地方への、指導者たちによる相互訪問です。つまり、日本の指導者は中国の南京と重慶を訪問し、反省と慰霊の旅をします。中国の指導者は日本の長崎と広島を訪れ(胡耀邦総書記が長崎を訪問したことがある)、平和と友好の旅をすることです。

ただ、日本の政局のことを考えれば、こうした相互訪問はまだすぐに実現できるものではないようですが、まずは、草の根レベルの相互訪問を提案したいです。

青少年交流でも個人観光でもかまいません。まずは、日本人の南京訪問と中国人の広島訪問を先に進め、その上で、両市市長の相互訪問をすること。もし両国指導者による相互訪問も実現できれば、一般市民の相互訪問もそれにより一層促されると期待されます。去年12月に逝去した平山郁夫氏は、広島生まれの原爆体験者として南京を訪れ、南京で城壁の修復活動に力を捧げましたが、これは両国国民の心の和解につながる素晴らしい行動だったと思います。

歴史が心に残した傷は、政治家たちの勇気ある行動で癒すことができると思います。このことについて、私はこれからも提案し続けていきたいと思います。(つづく)

【劉江永教授のプロフィール】

清華大学国際問題研究所教授、副所長兼中国国際関係学会常務理事、中華日本学会常務理事、第5期中日友好21世紀委員会委員

1953年 江蘇省南京市生まれ

1979年 北京外国語大学日本語学科を卒業、中国現代国際関係研究所に勤務。

1987年 中国現代国際関係研究所で修士号を取得、日本早稲田大学の博士コースで勉強。

1988年 公務のため中途退学して帰国、中国現代国際関係研究所副研究員として招請され、のちに清華大学国際関係学科で法学の博士号を取得。

1992年 中国現代国際関係研究所研究員(教授)兼北東アジア研究室主任。

1999年 中国中央外事活動指導グループ弁公室参事官(副局長)。

2009年2月から 第5期日中友好21世紀委員会委員

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2010年5月5日

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