日本の食文化は大体、和・中・洋の3つに分けられる。高級ホテルで開かれる晩さん会や種類の豊富なバイキングレストランでは、基本的にこの3つの料理が用意される。しかし、日本の日常生活には朝鮮半島からきた焼肉文化も存在する。
筆者は学生のころ、韓国式焼き肉店でアルバイトをしていた。1990年代後半、日本では焼き肉ブームが起きたが、筆者が大学を卒業してから間もなく、狂牛病騒動が起こり、牛肉を筆頭とする焼き肉業界は多大な被害を受け、人気も徐々に落ち始めた。
ここ数年、「韓流ブーム」が日本で巻き起こり、東京の新大久保を中心に韓国料理店がたくさん出店された。しかし、興味深い事は、牛肉を出す店は少なく、多くの店では、焼き肉店ではほとんど見られない五花肉(皮つきの豚バラ肉)を出していることだ。
この微妙な差はどこからきているのだろうか?ポーランドの学者J.Cwiertkaは『日本料理の形成』の中でそのような疑問に答えている。現在、日本の牛肉は国産であったり、アメリカやオーストラリアから輸入したものである。しかし、肉食、特に牛肉が日本で普及したのは、朝鮮半島からの影響である。1910年、日本は韓国を植民地化した。植民地となった韓国は廉価な牛肉の供給源となり、毎年40万頭以上の牛肉を日本に輸出した。J.Cwiertkaは現代の日本の飲食文化成立と帝国主義の拡大には密接な関係があると指摘している。
焼肉と日本帝国主義による朝鮮半島の占領には密接な関係がある。中華料理が日本で普及したのも、日本軍が中国を侵略したこととつながりがある。
中華料理が日本社会に広まったのは、1920年~1930年のことである。すなわち、日本による中国侵略が盛んだった時期である。1906年、東京にあった中華料理店はわずか2軒であったが、1923年には1500軒以上にまで増えた。日本軍の食事にも中華料理が現れた。退役軍人や中国に行ったことのあるものが「中華(支那)料理」を日本各地にもたらした。現在、栃木県宇都宮市は「餃子の故郷」と呼ばれ、駅には餃子の彫刻が置かれている。これは中国東北部に長期駐在を行っていた宇都宮第14師団が餃子の作り方を覚え、この地に伝えたのが起源である。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年5月3日