自転車で世界一周している日本人の青年医師、河源啓一郎さんは3週間前に湖北省武漢市に到着、17日夕方に自転車を盗まれた。
大きな都市での偶然の窃盗事件は特に珍しいことではないが、その後の経緯に河源さんは驚いた。彼の友人が19日にこの件をミニブログに掲載すると、すぐに5万人のユーザーからコメントがあり、都市の尊厳を守ろうと人まで出てきた。河原さんが感動したのは、都市全体が彼のために自転車探しをしてくれたことだ。結果、自転車は無事戻ってきた。
この話にはいくつかの要素が欠かせない。まず、自転車を失くしたのがボランティアをしながら世界一周している外国人だったこと。そのためこの自転車の紛失は普通のことではなくなった。ある偶然の出来事が武漢の国際的イメージに関係し、世界のほかの地域のマナー水準と比較されるまで大きくなった。人々は善意の気持ちから、いい事をしている人に武漢でいやな目に遭わせてはいけないと思った。武漢のネットユーザーや警察の人情と正義感はほほえましくもあった。ふるさとのイメージを守ろうとする集団行動は再び大きな周囲の力、一般市民の力を十分に示すこととなった。これほど積極的で国の尊厳、ふるさとのイメージを守ろうとする国民を持つ中国であればこそ貴重な向上心と団結力で国の発展と進歩を推進することができる。
ただ、根本から都市の尊厳を守るのは、一台の自転車の窃盗事件を解決するだけでは足りない。
この件が一段落し、河源さんはVIP待遇を受け、ネットユーザーや警察の熱意と正義感を感じた。しかしすべての一般市民や観光客がこうした待遇を受けるわけではない。武漢だけでなく、中国の多くの都市で自転車の窃盗事件は珍しいことではない。自転車の頻繁な紛失はその都市の道徳喪失や治安の悪さではなく、都市の治安管理の手落ちを反映している。根本的にみると、この難題がなかなか解決されないのは、一部の行政権力が一般人の権益をまったく気にかけていないことと関係している恐れがある。
中国の都市で自転車に乗るのは誰か?それは往々にしてその都市の最も一般的な、収入の低い労働者で、発言権も権利を守る力も弱い。一方窃盗するほうにしてみれば、簡単でリスクも低い。捕まったとしても重い罪にはならない。そのため警察、自転車メーカー、交通管理部門は自転車の防犯装置や防犯対策をさほど重視していない。自転車の持ち主までが窃盗に慣れてしまっている。結局は誰もが「警察側の迅速な対応」を受けられるわけではない。
実際、その都市と国のイメージは、高層ビルや経済的な奇跡、エリートの生活スタイルなどではなく、最も弱く最も助けが必要な一般の労働者をいかに待遇しているかによって決まる。中央の指導者は繰り返し、「体面のある労働実現」「より尊厳のある生き方」と強調している。小さな自転車の運命は労働者の体面、安全性をあらわしているといえる。
その意味では、中国の自転車を持つ一人一人のストーリーは、社会のマナー水準をはかるひとつの尺度となる。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2012年2月22日