東日本大震災から2年 きずなと傷痕で活力を呼べるか?

東日本大震災から2年 きずなと傷痕で活力を呼べるか?。 「3・11東日本大震災」からちょうど2年がたち、被災地復興の活力を象徴する岩手県の有名な「一本松」が奇跡の「復活」をとげた。だが、被災地が本当に復活するにはまだ活力が足りないようだ。不景気のシャッター商店街、さみしい建設現場、荒れた駅舎、人気のない埠頭、活気のない海……見るものすべてから日本の被災地復興の活力不足が感じられる…

タグ: 震災 2年 きずな 傷痕 活力 観光 

発信時間: 2013-03-12 10:04:49 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

 

東日本大震災から2年 きずなと傷痕で活力を呼べるか?

 

「傷痕」への観光

これに比べ、津波被害の「傷痕観光」は勢いづいている。津波被害が最も深刻だった宮城県南三陸町。一部の被災者は失業の絶望の中、被災地ガイドに転身した。

「傷痕観光」をテーマとする観光ルートはすでに東京の大手旅行会社に牛耳られ始めている。津波の廃墟を見学し、被災者の悲惨な経験を聞いて、現地の「復興市場」を体験、仮設店舗の商店街で現地の土産物を購入するというものだ。「復興市場」は最大で2万人を集客したという。

だが、これは震災以前の南三陸町の観光と比べればとるにあたらない規模だ。

南三陸町には震災前、有名な海水浴場があり夏には70万人が観光に訪れた。現在の「傷痕観光」は当時のにぎやかさには及びもつかない。観光客が増える週末はまだしも、平日はこれまでどおりあまり人気がないのが実情だ。

支援の盛り上がりが冷めてくるに従い、南三陸町は「傷痕観光」の今後をかなり心配している。現地の観光協会旅行部門の責任者である及川和人さんは、記者に対し「人々が忘れ始めているので、私たちをより理解してもらい、覚えてもらうために私たちは手を打って私たちの『痛み』を訴えています。」というが、この傷痕に対する人々の関心がどれほど続くかは問題だろう。

だが南三陸町の復興は目の前にある一つの道しかない。どんなに狭くなっても自分たちでやっていくしかないのだ。被災地ガイドの宣伝隊は今年1月、初めて神戸市に赴いた。神戸は阪神大震災で被害を受けたところだ。宣伝隊は神戸から初めて全国に宣伝をしていきたいといっている。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2013年3月12日

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