日本大使賞に、百人一首を通じた国際交流の経験を書いた李敏さんの作文

日本大使賞に、百人一首を通じた国際交流の経験を書いた李敏さんの作文。 最優秀賞(日本大使賞)には、百人一首を通じた国際交流の経験を書いた李敏さん(国際関係学院)の作文「カルタ・カンタービレ/百人一首ラブストーリー」が選ばれた。作文全文は以下の通りである…

タグ: 大使賞 国際交流 百人一首

発信時間: 2013-12-19 16:10:44 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

木寺大使と李敏さん。段躍中撮影

第9回中国人の日本語作文コンクール授賞式・日本語スピーチ大会が12日、北京にある在中国日本大使館の大ホールで行われた。同作文コンクールは、日本僑報社と日中交流研究所が主催、日本外務省、在中国日本国大使館、中国日本商会、北京日本人会などが後援、株式会社ドン・キホーテと朝日新聞社、東芝国際交流財団などが協賛したのだ。

最優秀賞(日本大使賞)には、百人一首を通じた国際交流の経験を書いた李敏さん(国際関係学院)の作文「カルタ・カンタービレ/百人一首ラブストーリー」が選ばれた。作文全文は以下の通りである。

私は今、大学院の1年だ。大学3年生の時、大学院に進学することを決めた。第一志望校の受験について先輩に聞いてみた。古典の問題が出るという。しかも、その古文の試験問題は百人一首から出題されるとわかった。ショックだった。和歌が百首…あまりに多すぎると感じたからだ。しかし「憧れの大学院に入るためだ、覚えるしかない!」。大学3年の9月、この悲壮な決心が私と百人一首とのあまりにもロマンチックではない出会いだった。それからは毎日、百人一首との「胸ときめかない」1時間のデート、読んでは意味を調べて覚える地味な付き合いを続けた。

最初、百人一首は「カミヨモキカズ」というような音でしかなかった。その和歌の一部が「神代も聞かず」と聞こえるようになり、そして、半年後はさらに「神様の世だったときですら、聞いたことがないほど」の美しい紅葉の風景を思い浮かべ、「カルタ・カンタービレ(=歌うように)」、まるで歌声のように耳に響くようになった。私は百人一首の世界の虜(とりこ)になっていた。

1   2    


iphoneでもチャイナネット!

日本人フルタイムスタッフ募集    中国人編集者募集
「中国網日本語版(チャイナネット)」の記事の無断転用を禁じます。問い合わせはzy@china.org.cnまで
 

コメント

コメント数:0最新コメント

コメントはまだありません。