さらに、百人一首と付き合って、百人一首の新たな一面を知ることができた。それは、競技かるただ。競技かるたは、日本の伝統的な遊びで「畳の上の格闘技」と言われている。百人一首の暗記力を競うものであるが、競技かるたとなると、それと同時に札をとる、瞬発力・精神力が必要とされる。「自分が今まで学んできた百人一首がこんなふうにも楽しめるんだ! すご~い! やってみたいなぁ!」と思ったのだ。
でも、さすがに、練習所など、あるはずもなく、畳のある部屋なんか、夢でしかない。私はひとりぼっちで、床の上に蓆(むしろ)をひろげた。蓆は裏返して使うと、なんとなく、日本の畳の感じがするからだ。ルールをネットで調べながら、パソコンで読みを流し、一人で札をとる練習を続けていた。私には本来「好き」でありさえすれば、どんな困難があっても、やりぬけるという信念がある。
今まで努力した甲斐があって、私は素晴らしいチャンスに恵まれ、中国代表として、百人一首国際かるた大会に出場し、蓆の上から、本物の畳の上に躍り出た。
「和歌の世界」でしか見たことのない和装、袴(はかま)を身につけ、百人一首を読み上げる美しい声が耳に響き、目を閉じると、本物の畳の香りがした。夢みたいだった。そして、各国の選手たち皆と一緒に、一生の忘れられない思い出をたくさん作ったのだ。
日本の方々からの至れり尽くせりのおもてなし。
ずっと憧れていた名人やクイーン(カルタの上級者)からの経験談。
小4のクィン君(米国選手)と対戦した時の、小学生だと思えないほどの真剣さ。年配の大口さん(タイ選手)と対戦した時の、札を取った瞬間、顔に浮かんでいる赤ちゃんのような笑顔。など、など…。
心から百人一首を愛している方々とお会いし、話し、感動と感謝の気持ちがあふれていた日々だった。
皆一人一人が、それぞれの国籍を持ちながら、今、かるたで心がつながり、気持ちが一つとなった。「言葉には国境はありますが、心の交流には国境はありません」。これはまさに、文化の力なのだ!
かささぎネットでルールを調べていた時、北京にかるたのサークル「北京鵲橋(かささぎばし)かるた会」があると知り、その名を見た一瞬、心の琴線に触れられたような気がした。
「かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける」。牽牛(けんぎゅう)と織姫がかささぎのおかげで、彼らのストーリーを続けてきたという美しい歌で、百人一首のなかでも、私が一番好きな和歌だ。私も、百人一首かるたを含む文化交流を通して、共通の興味を持っている友達をつくることによって、微力ながら、中日友好や世界友好のために、一羽の鵲となりたいのだ。今回の貴重な経験や、楽しい思い出、これら一つ一つを自分の宝物に、このお別れを新たな始まりとし、また会えることを信じて頑張っていきたいと思う!
みんな、一緒にかるたやりませんか?
(日本僑報社『中国人の心を動かした「日本力」』より)
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2013年12月19日