ポツダム宣言は「連合国側の政治的意図」
安倍首相は2012年9月に再選を果たした自民党総裁選の公開討論会で、「(第1次)安倍政権の時に強制性はなかったという閣議決定をしたが、多くの人たちは知らない」と語った。
河野談話は、「歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ」なければならないとしているが、安倍内閣はこれについて2006年10月に決定された答弁書で、「当該談話の趣旨は、このような問題を長く記憶にとどめ繰り返さないという決意を表明したものであるが、特に具体的な研究や教育を念頭に置いたものではない」とした。
河野談話は実際には、中高教育と大学研究をはっきりと考慮したものだったが、安倍首相はこれについて論理的な説明はせず、これとは別の解釈の仕方を取った。軍の関与と強制性を認め、これを教育と研究に反映するという河野談話の部分について、安倍首相は問題があると考え、そうした考えが無理な解釈変更につながったのだと考えられる。
安倍首相は歴史認識再考の矛先を、日本に無条件降伏を求めた「ポツダム宣言」とそれが明確に規定する戦争犯罪人の処罰を行った東京裁判にも向けている。
2007年2月の答弁書で、安倍首相は日本が無条件降伏をしたかについて、「『無条件降伏』の定義について一概に述べることが困難で(中略)様々な見解があると承知している」とした。吉田茂ら歴代首相は無条件投降を認めていたが、安倍首相は「侵略」と同様に定義の問題を持ち出し、「断定はできない」との主張を繰り返している。
ポツダム宣言は第6項で太平洋戦争は「征服世界の挙」であったとしているが、今年6月の閣議で採決された答弁書はポツダム宣言について、「当時の連合国側の政治的意図を表明した文章」としている。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2015年7月7日