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王蒙氏:文化の繁栄と自信と経済的自信はともに進む |
発信時間: 2009-09-03 | チャイナネット |
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中国社会の開放は文化の多元化をもたらした。中国当代の作家、王蒙・元文化部長は今回の取材で、この30年近くの中国文化の変化と生命力について自身の見方を語ってくれた。 ◆卓越した文化、大衆的な文化はぶつかりながら融合する 王蒙氏は、改革開放後に大衆文化が一気に活発となったことは、中国の経済建設を中心とする発展方針と大いに関係がある、と考えている。文化は人びとの多方面にわたる需要を満たさなければならない。市場経済実施後、こうした需要による影響はより大きくなり、需要があってこそ市場があり、文化の生産と消費も良性に循環する。これが徐々に文化的なものに対する多元化されたニーズを形成し、人々はますます個性的で娯楽性のある、カジュアル的でかつリラックスした精神的な生活を追求し、しかも物質的な生活レベルの向上に伴い、自らの文化的権利を実現する能力を持つようになった。 王氏は「文化の大衆化、この現象は決してわが国特有のものではなく、一種の世界的な潮流です。改革開放が深まるにつれ、一種の新しい、大衆文化の発展にプラスとなる自由、民主、平等、権利、共有といった精神が政治や経済、文化の分野などで程度の差はあれ受け入れられ、具体的な形で表れてきました。ごく普通の市民はもっと深く感じているではないか」と話す。 王氏はこう語る。「卓越した文化は社会の理想、ヒューマニズム精神にとって重要なキャリアです。それが追い求めるのは往々にして学術の純粋性、適正、そして社会的価値体系の維持です。一方、大衆文化は市場経済の産物として、ときにその表現は浅く低俗であり、商業的な味が濃く、『教育的意義を考えない』ことすらあり、ただ楽を求めるだけなのです。両者の違いが矛盾、ぶつかりをもたらすのです。また、大衆文化の台頭がある程度、卓越した文化の市場形成にダメージを与えたのは確かで。これも中国のインテリが一時、大衆文化に反感を持った原因の1つです」 王氏は中央テレビ局の番組「百家講壇」で、古典として文化を通俗的な形式、大衆的な言葉で表現した。こうした形式はかなり論議を呼んだ。王蒙氏は「古典は大衆と接触する必要があり、書斎に横たわったままではいけません。卓越した文化と大衆的な文化は、そのぶつかり合う中で互いに手本とし、融合するのが、世界共通の傾向となっているのです。パバロッティ氏はかつて目の不自由な歌手と『オーソレミオ』を合唱し、熱狂的な歓迎を受けました。ドミンゴ氏も『通俗的な歌を拒絶するつもりはない』と語っています。インテリには卓説した文化を社会の世俗的な生活の中に広く浸透させることで、社会の文化的自覚を喚起する責任があります。総じて言えば、この2つの文化が有する力は、ぶつかりながら互いに矯正され、そして徐々に相手側が存在する理由を認めていくのです」と指摘。 ◆中華文化の基本的精神は西側に遜色ない 国の総合力が絶えず増強されるに伴い、経済面での自信により文化面での自信も同時に強まってきた。西側の学者は中国の伝統文化を再認識、再評価しているところだ。 王蒙氏は強調する。「今日、私たちは伝統文化を重視していても、孔子の時代に戻ろうとは望んでおらず、伝統文化による結束力を発揮させることが必要です。質実剛健で有為、自身の向上がずっと伝統文化ではずっと主導的な地位を占めてきました。また、中国の伝統文化では『天と人の合一』という自然の意識が非常に重要視、とくに人と自然との調和が強調されています。私たちが今日提唱している科学的発展観は、近代的な工業文明であるエネルギー・環境保護にとって現実的に必要なことであり、また伝統的な文化を継承するものでもあるのです。伝統的な文化で提唱されたこうした精神は、近代化と矛盾するものではなく、中華文化の基本的精神は西側に遜色するものではありません。歴史的に見て、この百年近くの間、西洋文化と中国の伝統文化は発展する過程でぶつかり合い、互いに補完し合ってきたのです。伝統文化とは決して凝り固まった概念ではないのです」 この数年、国外のあちこちに孔子学校が設立されていることについて、王蒙氏はこう語る。「文化の力は、先ずその有効性にあります。つまり、1つの文化がその文化を受け入れようとする人たち、あるいはその文化を受け入れようとする民族に、質のある生活を送らせることができるのかどうか。こうした要件を満たせなければ、淘汰されることでしょう。中華文化は国外に進出できるのか、あるいはどう海外に進出するのか、を議論する前に、最も重要なのはやはり、中国の総合力、国民1人ひとりの生活の質的向上ではないでしょうか。これが大前提なのです。この数年の国外での孔子学校の活発な設立は、中華の文化がすでに世界の文化に取り込まれたことを物語っています。しかも、こうした取り込みは、1種の主体的な融合であり、それは中華文化自身の生命力を示すものでもあるのです」 「チャイナネット」 2009年9月 |
· 古代から現在までの中国文化の発展は途切れたことはないことを証明
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