私の中国とのお付き合いは「あなたの年齢よりも長いものですよ」と、ナイロビに定住しているエチオピア系業者のタイキエ・カブレエスス氏は先般、ケニアで開催された中国企業投資商談会で新華社記者に笑顔で語った。
すでに80歳の高齢に近いとはいえ、カブレエスス氏は依然としてかくしゃくとしており、まだ自分で会社を経営している。自分にとって最初の中国への旅について、このお年寄りはそれは1973年のことであったとたいへん得意げに語った。彼はかばんの中から大きな封筒を取り出し、中から白黒写真を取り出した。30年余りの歳月がたっているので写真は少し黄色くなっていたにもかかわらず、やはり写真の中央右側にいる中年の人はカブレエスス氏で、左側の彼と握手しているのは周恩来総理であることをはっきりと見て取ることができる。
「私は中国政府のお招きで、エチオピアのある代表団に随行して北京を訪れ、周恩来総理ともお会いした」と、カブレエスス氏は言いながら代表団全員と周恩来総理との記念写真を見せてくれた。
あの訪問の際に目にしたすべては今でもありありと目の前にあるようである。「当時、中国ではほとんどの人たちがあい色の布の服を着て布靴を履いていたようで、大通りを走っていた自動車はまばらで、タクシーもマイカーもなかった。レストランは非常に少なく、外国人は友誼賓館(外国人専用のホテル)に宿泊するほかなく、部屋が足りないため、2、3人が1つの部屋に宿泊する以外になかった」とカブレエスス氏は語った。
前世紀70年代以降、カブレエスス氏はしばしばケニアと中国の間を往来し、特に2000年以降、ほとんど毎年中国に行かなければならなかった。中国のこの30年余りの発展にふれると、彼は感無量で、次のように語った。
「今では、北京など大都市の街頭の至る所で自動車を目にすることができ、高層ビルがずらりと建ち並び、人々の身なりもいろいろである」。「私はかつてある子供と会ったが、この子はわずか10歳なのに、たいへん上手にピアノを弾くことができた。これを見て分かるように、豊かになった中国人はすでに次の世代の芸術面の教育に関心を持つようになっているのだ。」
中国の変化は大都市で目にすることができるばかりでなく、農村の進歩も同様に目を見張らせるものがある。「私は以前、中国の農村に行ったことがあり、百人ぐらいの人たちが畑で農作業をしているのを目にしたことがある。数年前、私はまた中国のある農場を見学したことがあるが、目にしたのは人々が牛糞をかき集めて発電に用いていることだった。」
中国経済が急速に発展をとげたのは誰もが努力して働き、政府が上手に指導したからである。私の会社も中国の発展のおかげで収益を手にすることができ、事業の範囲と規模もますます大きくなっている。以前、私は中国から主に衣類を輸入していたが、今ではオートバイ、電子設備などの高付加価値の製品がより大きな割合を占めるようになっている。
今では、ケニアで中国と関連のある投資商談の催しのたびに、会場ではいつもカブレエスス氏の姿を見かけることができる。
「チャイナネット」2009年8月20日