1990年代初頭にバブルが崩壊し、日本経済は「失われた20年」を経過した。日本の歴代首相は20年に渡りあらゆる方法を尽くし、さまざまな経済改革を試みた。そのうち最も有名なのは、橋本改革と小泉改革だ。この2回の改革は手に汗握る独創的なものであったが、結局は失敗に終わった。
橋本龍太郎氏は1996年1月に首相に就任すると、新政府の使命を「変革と創造」とした。橋本氏はまた1997年初に財政・金融・経済構造・社会保障・行政・教育の6大領域の改革計画を打ち出した。橋本経済改革の要点は、外科手術式の過激な手段により経済・財政構造改革を推進し、政策運営の基調を財政引き締めと需要抑制とした。しかしながら実施から1年未満で、景気悪化を理由に財政引き締め政策を放棄せざるを得なくなり、減税と歳出拡大のケインズ経済学に回帰した。
「変人」と呼ばれる小泉純一郎氏が2001年4月に首相に就任し、第2弾となる改革の旋風を巻き起こした。小泉氏は経済構造改革の7つの内容(民営化と規制緩和、チャレンジャー支援計画、保険システム強化計画、知的資産倍増計画、生活維新計画、地方自立の活性化計画、財政改革計画)を示した。