日中経済協会
調査部長 高見澤学
今年1月17日から20日まで、スイスのダボスで世界経済フォーラム(WEF:ダボス会議)第47回年次総会が開催されている。今回の年次総会には、中国の習近平国家主席が初めて出席しており、中国の世界経済への貢献や自由貿易拡大に積極的な姿勢を強調した。
今次総会の全体のテーマは「敏感で責任あるリーダーシップ」で、これをベースに5つのサブテーマが設けられている。それらテーマはいずれも大きな転換期を迎える国際社会への対応を前提としたもので、明らかな時代の変化を、参加者のみならず世界中の人々が認識している所以である。こうした変化によって、これまで誰も経験したことのない時代を迎えることになり、指導者もまた暗中模索の状態の中で政治・経済の舵取りをしなければならず、不安に感じることも少なくないだろう。
昨年(2016年)は、英国では国民投票の結果によりブレグジット(Brexit:英国のEUからの離脱)が決まり、米国では大統領選でトランプ次期大統領が選ばれ、更にイタリアでは国民投票によって議会上院の権限大幅縮小を謳った憲法改正案が否決されるなど、世界中で大方の予想に反する結果が生じ、これまで長きにわたり歩んできた世界の潮流に変化がみえた年であった。こうした変化は往々にして人々の将来に対する不安を増大させ、世界中で株価や為替の大幅な変動を招くなど、世界経済に少なからず影響を及ぼしている。そして、これまで何の疑いもなく進められてきた「グローバル化」と「エスタブリッシュメント(支配階層)」に対する重大な挑戦として捉えられるかもしれない。
日本では、今年1月11日に行われたトランプ次期大統領による記者会見の内容について「大統領らしからぬ姿勢」だとして批判的な見方が大半を占めた。しかし、米国民がトランプ大統領を選んだ事実は変わらないし、英国民が選んだブレグジットの結果も覆ることはない。重要なのは、米国民や英国民がなぜそのような選択をしたのかであり、更にはそうした選択に対し今後我々がどう対処していくかである。
これまで日本は、貿易に依存しながら世界有数の経済大国としての地位を固めてきた。貿易もまたグローバル化の一部であり、それによって豊かになったことは紛れもない事実である。今後も原材料や食料を輸入し、それを国内で加工・生産して輸出するという貿易立国としてのスタイルを維持しようとするならば、自由貿易を前提としたグローバル化を強く主張していかなければならない。
しかし、グローバル化によって多くの矛盾が生じてきたこともまた事実である。過去大航海時代において欧米列強によって進められてきた最初のグローバル化は、植民地政策による産業の水平分業を形成し、生産の効率化を促す一方、宗主国と植民地との間の深刻な経済格差を生み出した。
今、世界経済全体が長きにわたり低迷を続け、様々な財政・金融政策を通じて景気回復を図っているものの、一向にその明確な効果が現れていないのが実情だ。前述した昨年の予想外の展開は、こうした現状に対する民衆の不満が爆発した結果であるとも言えよう。このように民衆の間に芽生えた意識の変化は、グローバル化に対する保護主義としての傾向を示すようにも思われるが、実際にはしばらくその成り行きをみないと分からない。
一方、急速な経済発展を遂げ、政治のみならず経済的にも世界に大きな影響力を有する中国に対し、今、我々が求めているのは世界規模での大きな変革であろう。中国もまた、従来の欧米型の体制の下で作られた機関等とは別に新たな枠組みの構築を目指す動きをみせている。一帯一路戦略の実行、アジアインフラ投資銀行(AIIB)やシルクロード基金の設立、BRICS銀行の立ち上げなどの枠組み構築のほか、近年特に動きが活発化している中国企業の対外進出などを含む「走出去」戦略は、中国のグローバル化を進める上での重要な手段となっている。
今回のダボス会議の演説で、習主席は明確に保護主義に反対する姿勢を示し、開かれた経済、経済のグローバル化の重要性を強調した。これは、発展途上国の立場からグローバル化による更なる経済発展を促す狙いがあるものと思われるが、当然のことながら従来の体制の下で生じた経済格差という矛盾を心得た上での発言であろう。習主席が強調するグローバル化が過去の教訓を踏まえ、勝ち負けのないWin-Winの結果をもたらしてくれることに期待したい。
(本稿は筆者個人の意見であり、中国網や所属機関を代表するものではありません。)