福川伸次 東洋大学総長、元日本通商産業事務次官
福川伸次氏は行政官のトップとしてまた、産業界、学界の重鎮として半世紀以上にわたり中日両国の産学官交流に尽力されてきた。中日国交正常化50周年を迎えるにあたり、中日関係のレビューとその新たな次元への昇華について語った。本文はその抜粋である。
「質の高い経済」の実現に向けて日中両国が協力すべき分野は多方面にわたる。
(1)「質の高い経済」の目指すもの
日中両国が21世紀において努力すべき課題の第一は、AI主導の革新的な情報通信技術を基軸とした「質の高い経済」を実現することである。
世界経済が資源の有限性と地球環境の悪化に苦悩しているとき、我々が選択できる道は、資源への依存度や地球環境への負荷が低く、創造性と付加価値が高く、人間機能が発揮できる「質の高い経済」の実現でしかない。幸いにして、人類は、AIを活用した情報革新を進め、これによって「質の高い」新しい経済(New Economy)を実現する手段を手に入れることができた。
日本産業は、1980年代から90年代前半にかけて世界でトップ・レベルの産業力と技術力を誇ったが、その後バブル経済が崩壊して産業力が停滞し、現在その回復に努力している。中国は、情報通信技術を先導した米国を追って優れた成果をあげ、先端技術分野では米国に比肩し得るようになった。米国はこれを警戒し始めている。
2020年初頭から急速に拡大した新型コロナ感染症(COVID-19)は、人類の健康と生命に脅威を与え、経済社会を停滞に追い込んでいるが、一方でDX(Digital Transformation) を加速し、「新しい経済」システムの構築の契機ともなっている。
(2)イノベーションの積極展開
第一は、イノベーションの積極展開を図ることである。21世紀は、AIなどを中心に、イノベーションが新展開をみせる時代である。20世紀に入った当時、世界は石油時代を迎え、ヨーゼフ・シュンペーター教授は、1910年イノベーションを「経済活動の中で資源、労働力などの生産手段を今までと異なる方法で新結合すること」と定義したが、私は、現代の情報通信革命時代のそれを「経済活動の中で革新的なIT技術の活用を通じて情報を整理、統合、活用し、新しい知的価値を創造すること」と定義したい。
我々は、今や、AIなどの情報技術の活用により人間の肉体的限界を超越して情報価値の伝達を効率化し、複雑性の限界を克服して付加価値の向上を実現することができる。サイバー空間と物質空間の融合を通じて正確性の確保、効率性の向上、時間価値の充実を実現し、経済活動を物的生産主義から価値利用主義へと進化させることになる。
AIの活用は、設備の自動化により工場や店舗の無人化を実現し、高度な遠隔治療を可能にし、スマホ決済、キャッシュレス化、仮想通貨を実用化する。情報伝達の正確性、迅速性、効率性、最適選択性を高め、付加価値の向上を実現することが可能となる。
イノベーションの進展分野は、高度情報技術を軸に、生化学、新素材、宇宙、海洋、高度医療、新エネルギー、電気自動車、蓄電装置、ドローン、水素利用など多岐に及ぶ。
イノベーションの国際競争は、ますます激しさを増し、先導する米国を中国が迫っている。ドイツ、英国、フランス、イスラエル、そして日本、中国台湾、韓国などがこれに続く。日本は、1990年代に入っていわゆる「バブル経済」が崩壊して経済が停滞し、イノベーション力が落ちてきたが、最近それに気づき、政策的に力を入れ始めている。
イノベーションを加速するため、主要国は、研究開発への政策支援、知的人材の育成、新たな競争条件の整備などに力を入れている。市場条件の整備に当たっては、革新性、公平性、効率性、そして競争性が鍵となる。
最近のイノベーションは、米国のシリコンバレー、中国北京の中関村、深圳の南山区などが示すように、都市の知的機能の集積が大きく貢献している。周牧之教授が指導する「中国都市総合発展指標」の研究は重要な意義をもつ。
(3)グローバル市場の効率運用
第二は、グローバル市場の効率運用に協力することである。それには、グローバル市場ができるだけ自由で、合理的で、かつ公平、安全なルールのもとに運用される必要がある。日中両国は、それに向けて米国、EUなどと協力して合意を形成するとともに、世界貿易機構(WTO)の機能の復活に先導機能を果たす必要がある。
そのつなぎとしては、RCEP、TPP、APECなど地域的な自由貿易協定を合理的に推進、活用する必要がある。日中両国は、人口、世界貿易規模で世界の3割を占めるRCEPの早期発効とインドなどの加盟国の拡大に努める必要がある。
TPPに関しては、英国が参加を表明し、中国が加入の検討を示唆しているが、その具体化は、世界貿易体制の整備に役立つに違いない。また、米国と英国の間で、新大西洋憲章の締結が協議されている。
情報通信技術の進歩は、技術独占など世界の競争条件に大きな影響を与え、企業活動の拠点が集中化する危険がある。これらについても、適正な国際ルールを設定する必要がある。日中両国がこうしたルール設定に向けて、先ずはその経験を持ち寄り、「質の高い経済」の実現に向けて先導すべきだと思う。
(4)企業経営の改革
第三は、企業の経営手法の改革に協力することである。経営の側面では、情報通信技術の進展によってその効率化が進むとともに、電子オフィスなど働き方の改革が進む。コロナ感染症の拡大は、企業経営のDX化を促進する契機となっている。
企業経営のDX化は、それに止まらず、企業経営を根本から変革する力をもつ。例えば、利益構造を規模の利益から情報、連結、時間の利益へと変革し、全体最適を実現する手法を可能にする。企業経営の目的は、収益価値、顧客価値、従業員価値及び社会価値の総和の極大化にあるが、AIは、これを実現する手法を提供してくれる。
今後の企業経営には、人間安全保障の実現など新しい制約要因が加わる。同時に、知的所有権の保護、情報独占の弊害の除去などの市場管理が求められる。こうした市場の枠組みは、合理的で、全体最適でなければならない。日中両国は、その最適な条件整備に英知を結集する必要がある。
福川伸次
東洋大学総長、地球産業文化研究所顧問
通商産業事務次官、神戸製鋼所代表取締役副社長・副会長、電通顧問、電通総研代表取締役社長兼研究所長、日本産業パートナーズ代表取締役会長、東洋大学理事長、機械産業記念事業財団会長、日中産学官交流機構理事長、日本イベント産業振興協会会長など歴任。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2022年3月15日