さて、今回の反日暴動のタイミングと同じくして僕は問題が別のところで同時におこっていることを重視しています。今回の反日運動騒ぎは、尖閣諸島問題に関連してこの何年か燻ってきたものの爆発です。そして今回の大きな暴動において中国に進出している日系企業が多くの物理的なダメージを受けたことも最近の事実であります。
多くの報道では、こうした影響から、「日系企業が中国進出に消極的!」という報道を目にすることも多くなりました。たしかに、こうした「反日」という国民感情的な要素によって、日系企業が様々な局面でネガティブな影響をうける場面は多いことと思います。一方で、ユニクロを展開するファーストリテイリングのように中国進出への攻勢をさらに強め、中国市場での成長戦略を描く日系企業も少なくありません。
これらの日系企業の行動差異は、中国を製造基地と捉えるか(中国生産に消極的になる)、拡大市場と捉えるか(中国販売に積極的になる)で異なっているだけなのでありますが、僕が気になっているのは前者の企業行動についての分析です。
そもそも、反日暴動や中国の国民感情が反日的であろうとなかろうと、拡大市場を狙っていくということは、日本市場が縮小しているという状況下において、日本企業にとって数少ない活路のひとつであることは揺るぎのない事実でありましょう。同様に、反日暴動や中国の国民感情が反日的であろうとなかろうと、中国の生産コスト(政治調整コスト・電気安定供給コスト・労働コスト等)の低さというアドバンテージを享受するために中国に生産工場をかまえていた日本企業にとって、この近年、当該生産コストの増加は相当なものでありまして、多くの中国に製造工場をおく日系企業を悩ませている課題でありました。
それが、今回の反日暴動は「撤退に近い大きな決断」がなされるだけのきっかけをあたえたような気がします。
僕の個人的な知り合いの社長さん(日本人・日本企業・深センや福州などに工場を持つ)曰く、2008年のリーマン・ショック以降15%前後で、こうした全体的な生産コストが増加し続けているということでした。このたった3年で1.5倍程度までコストがあがったということです。中国から日本への輸出をしているので超円高によるプラスの影響をうけているのでまだよいものの、今後為替が円安方向に動いたり、さらにこれまでと同じ割合で中国生産でのコストが増加すれば、もはや中国生産コストは損益分岐点ですら無く、販売量は無変化であっても最終損失はマイナスになってしまうということでした。そしてついに、今回の暴動をきっかけに、「中国生産は、やめにしようか」という後押しになったとおっしゃっていました。
ですから、もともと経済的な合理性のために、もはや中国生産をして日本に輸出をする貿易モデル(中国市場での販売が組み合わさっていない、単純に中国を生産基地とするモデル)は、ちょうど2010年以降から徐々に成立しえなくなっているということが言えるのかもしれません。そして、今回の反日暴動をきっかけに、「心理的」な後押しがあり、中国生産単純輸出モデルの終焉となったということでしょう。
(企業行動の重要な議論として、企業は経済的合理性だけによって動くのではあらず、社長や役員等利害関係者たちの、心理的要素によっても大きく影響されるものであります。とくに大企業よりも中小企業のほうがこの影響をうけやすい。経済学と経営学の大きな差異)