二〇一〇年上海万博日本国家館館長 江原規由
作者
日本館には、中国各地・各界、そして海外からいろいろな方の訪問があります。今日お会いした二人のゲストを紹介しましょう。
少年記者の訪問
まず、『少年日報』の少年記者。彼は小学四年生でしたが、部屋に入るなり元気な声で、「Nice to meet you」とあいさつをしてくれました。ものおじしない感じの受け答えに、大人びた者を感じました。
彼の質問は、愛知万博と上海万博を比較し、上海万博をどう評価するか、という内容でした。この質問は、中国のマスコミの取材でもよく聞かれます。
日本は、大阪万博を筆頭にいくつもの万博を主催(資料参照)し、海外の万博に参加してきました。万博の開催では、日本は中国の先輩であり、万博がその後の日本の発展の機会となったと思っている中国人が少なくありません。上海万博の後、中国、上海はどう変化するのであろうかと思い、愛知万博後の日本に関心が向くということを、少年記者の質問が暗示しているようです。
少年記者は来年、東京に行ってアニメを見たいと目を輝かして語ってくれました。日本館にいて、日本に関心をもつ少年に出会うのはうれしいことです。その少年の目に映る日本は、愛知万博やアニメ大国日本が鏡になっているようです。万博は少年に世界を知り未来への夢を育むという面も持ち合わせています。日本の多くの青少年に上海万博を見学し等身大の中国を知ってほしいと、少年記者の質問に答えつつ感じました。
朱鷺物語
もう一人のゲストは、席咏梅さんです。一度絶滅した朱鷺(トキ)を日中協力で繁殖させ日本の空に甦らせたその人です。日本館では、日中両国が協力して保護・繁殖させた朱鷺のストーリーを、最新技術・機器を交えて紹介し来館者の共感を呼んでいます。席さんはその映像に流れる二十年ほど前のご自身の姿をやや照れた様子でご覧になっていました。
朱鷺物語に見入る来館者たち
日本で朱鷺が絶滅したのは生態環境が崩れたためです。朱鷺のストーリーは、人類の行く先を暗示しているのかもしれません。映像に見入る席さんの姿を見ていて、これからも朱鷺が生活できる地球環境であり続けてほしいとつくづく思いました。
日本館では、日中協力の意義、地球環境保護の必要性をいろいろな場面で紹介しています。日中交流の歴史、大映像と実物展示による日本の四季折々の風景・風情、水資源・温暖化対策を主とする最先端技術機器などです。プレショーとメインショーの二つの舞台で演じられる日中協力のシンボルとしての朱鷺のストーリーには、日本館が発信したいと思っているメッセージが集約されています。
二人のゲストに共通しているのは、「未来」ということではないでしょうか。来館者の皆さん、日本館のメッセージである「つながろう! 調和のとれた未来のために」をぜひ体感してください。
資料 1970年大阪万博、1975年沖縄国際海洋博覧会、1985年科学万博‐つくばEXPO’85、2000年淡路花博ジャパンフローラ2000など。
人民中国インターネット版 2010年6月29日