そして日本の学生は知っている。就職活動というのは個性を表現する場所ではない。見た目よりも自分の内面を通じて試験官の公平な判断を得たいと考えている。求職者は見た目ではほとんど同じという状況にあればこそ、面接官の注意力は“対話の内容”に集中することができる。さらにいえば、衣服を選択する時間や高い服を買うお金を節約することもできる。
しかし中国人留学生はこのような考えに共感できない。27歳の中国人留学生は、「服装がうまくコーディネートできているなら、それも得点に入れて欲しい。面接のときに自分が何を着てくるか、それも教養のひとつだから。それに服装というのは個人の人格の表現。面接官もそこから人を判断してもいいと思う」と言う。
また他の中国人留学生は、「着るスーツに決まりがあることについては理解できるにしても、どうしてカバンや靴、髪型や化粧にまで規定があるの? これらの決まりに沿って服を着ると、鏡を見るたびに、逆に自信がなくなる。鏡の向こうの人が誰なのか分からないくらい。面接時に実力を発揮できない」と言う。
さらに他の中国人留学生は、「黒一色の服を着るのは本当に嫌。特に大型就活セミナーのとき。誰もが自分が着ているのと同じ服を着て、同じバッグを持っているのはすごく不気味。一面真っ黒で、後ろから見るとカラスの群れみたい」と話す。
こうしてみると、中国人留学生が日本で就活する際、我々の気づかない「服装の悩み」があることが分かる。これは一種の文化の衝突と言えるし、文化の融合とも言えるだろう。この衝突と融合は、簡単に批評できるものではないが、ある意味、深い次元での相互理解と認識を促進させるものである。おそらく、海外留学の意義はそこにあるのだと思う。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2015年8月29日