中日関係はこのほど改善されているが、多くの人が慎重に楽観する態度を持っている。歴史を直視し未来を見据えるとよく言われるが、歴史は余りにも重く、未来は余りにも茫漠としており、平和に自信を持てない人が多い。両国関係は依然として悪循環に陥り、なかなか抜け出せないようだ(筆者・廉徳瑰 上海外国語大学中日韓研究センター執行主任)。
まず、歴史のわだかまりを解くのが難しい。不幸な歴史は双方の心に影を落としている。中国側は日本が反省も謝罪もしておらず、日本側は中国が歴史でしつこく絡みついてくると考えている。日本人の歴史観には一貫性がない。日本政府は1972年に「深い反省」を表明した。裕仁天皇は1978年に鄧小平を歓迎する夕べで、中日の歴史に「不幸な出来事」があったことに特に言及し、両国は「永遠に友好を続けなければならない」と表明した。明仁天皇は1992年に北京で、日本が中国に深い苦難をもたらした不幸な歴史に深く心を痛めていると表明した。日本は同年、教科書問題について「宮沢談話」を発表し、1993年に「河野談話」を発表し、1995年に「村山談話」を発表した。小渕恵三首相(当時)は1998年、中国に口頭で「謝罪」を表明した。安倍晋三首相の著書での統計によると、日本側は2006年まで「謝罪」を21回表明した。これは中国が歴史で絡みついてくると暗示している。実際には重要なのは数でも表現でもなく態度だ。日本側が公式文書の中で中国人に「謝罪」を表したことがないことはさておき、日本の首相による靖国神社参拝や侵略の罪への否定だけを見ても、日本側の一部の人物の歪んだ歴史観が懸念される。
次に、国民の相互信頼が不足している。憲法改正は本来、一国の内政であるが、日本の場合はこれから平和主義の道を歩み続けられるかに関わるため、広く注目されている。改憲は憲法9条2項の非軍事化の内容の削除を目的としていたが、世論の反発があったため、安倍氏は一歩下がって次を求めた。9条を保留しながら自衛隊の内容を盛り込むことで、自衛隊に合法的な地位を与えようとした。実際には日本政府の一貫した解釈によると、自衛隊は9条が禁止する「戦力」に属さない。憲法で明文化しなくても違憲ではないため、右派は加憲が余計であり改憲の目的を達成できないと考えている。その一方で、国民は自衛隊は軍隊ではないと信じており、かつ憲法には他にも「文民」が首相や閣僚に就任するという条文があるため、軍国主義が復活するという問題はないと考えている。そのため彼らの多数が改憲に反対しているが、自衛隊には反対していない。これは彼らの矛盾点だ。しかし中国人は安倍氏が改憲、さらには憲法廃止を政治的目標としていることから、日本が憲法の定める平和主義の理念を放棄することを懸念している。そのため改憲の問題は、両国民の相互信頼に影響を及ぼしている。