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北京ダック老舗「全聚徳」の「全自動化」の是非
発信時間: 2008-05-08 | チャイナネット

賛成派 発展の根本は時代とともに歩むこと

繆黄佳さん(西祠ネットより):全聚徳が薪(たきぎ)を使った伝統的な吊るし炙り焼きをやめて、ドイツ製の全自動オーブンに切り替えるという報道を受け、多くの人が老舗や古くから伝わる技術の行く末を案じだした。彼らは本来の味が失われることだけでなく、伝統が次第に消えてゆくことのほうを心の底から憂えている。

だが、こうした心配は保守的すぎるし、無用な心配だと思う。全聚徳ダック店は多くの老舗と同じように、過去にさまざまな困難を乗り越え、さまざまな競争に立ち向かう中で生き残ってきており、志はいっそう強くなっている。その間、時代が求めるものに従ってたゆまぬ改革を行い、消費者のニーズを満たすことに依拠してきたのであって、先祖伝来のものにかじりついて殻に閉じこもってきたわけではない。

生活のテンポが速くなったことによって、人々は質がよく同時に効率もよい飲食を求めるようになった。1羽のダックを焼くのに1時間半かかるような現在の状況は、お金があってもヒマがない一部の消費者たちをシャットアウトするようなものだ。電子オーブンに切り替えることで、こうした局面を効果的に改善できる。古くからの技術がない全聚徳はもはや全聚徳ではないという人もいるが、このロジックに従えば、現在の全聚徳も、百年以上前の創業時に全聚徳が使っていた薪、炙り窯、木製家具、給仕のかけ声などと同じではないから、すでにとっくに全聚徳ではないということだ。

一部の人は、100%手作りしてこそ良い商品ができるのであり、全聚徳が手作りを放棄すれば独特の味はまったくなくなると考えている。100%手作りはもちろん老舗の心意気を表すものではあるが、純粋な手作りだけが良いものを生み出せるとは限らない。もしそうであるなら、人類のここ数百年の科学技術の進歩は価値がないとでもいうのか?科学技術の成果である電子製品の精密・正確さと便利さは手作りの過程とは比べものにならない。

手作りの伝統工芸と現代化された電子製品には、互いに取って代わることのできない長所があり、時代の自然の成り行きで全聚徳が電子オーブンに切り替えるのは、市場の法則に基づいて行われる革新的試みというだけのことで、変えるなら変えればいいのであり、過度に非難すべきことではない。

王玉初さん(工人日報より):私は北京から500キロ以上離れたところに住んでいるので、北京でダックを食べたくても食べられない。かえって「アンクル・サム」のほうが周到な考えで、マクドナルドは中国の大小都市にあまねく開店しており、食べたいと思えばいつでも食べられる。だから、できるだけ早くに私のこの小さい町でも北京ダックが食べられるように、その電子オーブンで早く作ってほしい。

全聚徳の手作り技術は百年にわたって伝承され全聚徳の文化の一部となっているので残すべきだという人がいる。もしダックがすべて工業化された流れ作業の中で生産されたら、それが内包している文化の味わいは大きく減少するという主張だ。

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