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北京ダック老舗「全聚徳」の「全自動化」の是非
発信時間: 2008-05-08 | チャイナネット

全聚徳の文化がいかに奥深いものかわからないが、一つ聞きたいのは、北京ダックを食べるとき、みなアヒルの肉を食べるのか、それともダックの中の文化を食べるのかということだ。

ここ数年、伝統的な民俗や工芸の一部が流失して話題となった。先人が残した貴重な宝は確かに伝承すべきだ。だが、現代文明の中の飲食で重きを置かれるのは、市場のニーズに適った科学的な基準と操作手順だ。そして一部の伝統的な技術が、北京ダックのような美食の普及をある程度制限している。

したがって、伝統工芸の中でもよい要素は当然継承していくべきだが、そのために技術革新や工芸上の革新を否定してはならない。

清水さん(捜狐ネットより):全聚徳は上場したばかりの企業であり、伝統的な技術としての薪を使った製法は、上場過程や上場後においては必然的に、大規模化され標準化された企業の急速な拡張とは相容れない面がある。今の中国では、上場することの意味を知る人が少なすぎる。全聚徳がこうした変革をしなければ、上場の最終目的を達成することはできない。

ここ数年、国内の多くの飲食企業がまじめに洋風のファストフードを見習ってきたが、基本的には成功していない。その原因は、中国式のファストフードはコックの技と経験に負うところが多く、そのため大量生産もできず、一定の味を保つことも難しいからだ。チェーン店経営をする際、これが致命的な限界要因になる。

オーブンダックは味が落ち、薪で焼いたような香ばしさはなくなると言う人がいる。実は、私もあの木で焼いた香りが好きなのだが、前向きな目でこれを見れば、科学技術の発展につれ、電子オーブンで焼いた味が木で焼いた味に適わないと誰にわかるだろうか。ひょっとしたら、私たちは木で焼いたダックを食べ慣れているだけかもしれない。何年か後、どれだけの人がこうした好みを保っているものか、誰も断言できない。多くの人がオーブンで作ったダックに慣れ、これを受け入れないとは言えないはずだ。

企業にせよ文化にせよ、常に継承もすれば発展もしていくもので、もとの場所に留まり、もとからの習慣を一途に守り通しているだけでは長く続かない。発展のプロセスではあれこれの問題が持ち上がるが、それは成り行きであって防ぎようのないことだ。全聚徳が継承の中で発展することの何がいけないのか?

段福根さん(毎日経済新聞より):環境保護という大きな背景のもとで見ると、全聚徳が電子オーブンを大々的に取り入れる姿勢は提唱されるべきことだ。全聚徳の伝統的な炙り焼きは、煙を発生させて環境を汚染するだけでなく、大量の木材を消費する。中国の林木資源が日々不足している今日、このような伝統技術を温存し続けるのは先見の明のあるやり方ではない。しかも、店側の調査によると、電子オーブンで焼いたものと伝統的な方法で焼いたものとは少し味が異なるものの、大きな違いはなく、普通の客には区別がつきにくいという。

電子オーブンが、全聚徳が内包している文化を低減させるという議論に至っては、批判者に気づいてほしいことがある。それは、全聚徳ダックが具えている文化は果樹による吊るし焼きだけでなく、特製のタレやネギ、薄皮および焼く前の独特な手順など、そのすべてが特有の文化であるという点だ。したがって、果樹の吊るし焼き窯を使用しなくても、その他の諸々の要因を総合した特色は依然として全聚徳が内包する文化を保っている。

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