人類の月上陸から50年後、アメリカ航空宇宙局(NASA)の公式サイトは現在も、アポロ計画が人々の日常生活にもたらした副産物を共有している。
宇宙飛行士の応急パックに入っていた宇宙毛布は現在、マラソン大会で出場選手に配られている。温かく軽いからだ。ロケット打ち上げのバンパーは現在、地震多発地帯の建築物や橋の強化に用いられている。宇宙船内のバッテリーは現在、補聴器に使用されている。丸一日連続使用でき、さらにはリサイクルが可能だ。
家庭生活で頻繁に用いられる真空掃除機は50年前、宇宙飛行士が月面から深さ10フィートの土壌のサンプル(コア)を得るため使われた。
これらの製品は50年前に初めて月上陸を果たした後も、人々にメリットをもたらし続けている。
1969年7月、アポロ11号の宇宙飛行士2人が月上陸に成功した。NASAは全世界の6億5000万人が月上陸の生中継を視聴したと見積もっている。米国の宇宙飛行士、ニール・アームストロングは月に初めて上陸した人で、上陸後に視聴者と情報を共有した。「これは私個人の小さな一歩だが、人類の大きな一歩だ」
当時多くの人はまだ、人々の日常生活がこれにより一歩前進するとは予想できなかった。
アームストロングを含む12人の宇宙飛行士は、11年に及ぶアポロ計画によって次々と月に送られた。アポロ計画の最後の任務を完了した、アポロ17号の宇宙飛行士は宇宙から地球を眺め、その全貌を撮影した。それは子供が遊びに使う青いビー玉のように宇宙に浮かんでいた。この光景は微信(WeChat)のスタート画面に使用された。
ソ連は1957年に人類初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた。ソ連はその後世界に先駆け、哺乳類を宇宙に送り込んだ。ソ連の宇宙飛行士ガガーリンは1961年、初めて宇宙に進出した人類になった。
宇宙をめぐる競争で先に敗北を喫した米国は、ソ連の躍進と国内世論の影響を受け、アポロ計画を掲げた。ケネディ大統領(当時)は1962年の「月上陸を選択」というスピーチの中で、「10年内に月に上陸する。これは簡単だからではなく、難しいからだ」と述べた。
彼が演説した当時、人類の月上陸に必要なほとんどの技術が存在していなかったか、まだ発見されていなかった。難しいとはそのことだ。そこで米政府は200億ドル、40万人、2万社をアポロ計画に投入した。米国では当時、科学・技術・工学・数学(STEM)を選択する学生が急増した。