こうした「構造」「方式」と「コンテンツ」の組み合わせをもってエンターテイメント産業をなしていると捉えています。ここまでは、比較的理解しやすいかなぁと思います。
しかし、日本でももう20年近い歴史を持つでしょうか、「オタク」というものが登場しましたね。これが、じつはエンターテイメント産業を分析するときに、非常に厄介な代物だということに気づきました。中国でも近年は「宅:ジャイ」と、そのまま日本語の「お宅」からの漢字をとりまして表現されるようになりました。
エンターテイメント産業の中で、「オタク」という「コンテンツ」が非常に異彩をはなっていることに気づきます。本来「構造」「方式」「コンテンツ」はそれぞれ独立していますから、「コンテンツ」がどのようなものであろうとも、「構造」「方式」について既存のものをつかえるはずなのですが、「オタク」というコンテンツを扱うときには、オーバースペックな「構造」や「方式」が必要なことが多々あるようです。「オタク」というものをそもそも定義するのは難しいですが、いわゆる、日本の秋葉系、やアニメオタク、アイドルオタク、このようなカテゴリーが最も多いかもしれません。たしかに「オタク」という言葉そのものが、「強いこだわりを持つ」という意味もふくむので、「構造」や「方式」にもこだわりを持つようになるのはわかるのですが、ビジネスとしてこれを分析すると大変興味深いものであることが分かってきました。
通常はエンターテイメント産業においては、「構造」「方式」というものがある程度きめられてから、その業界基準などを中核企業が狙って、その覇権を手にした企業が競争優位にたつということになります。しかし、「オタク」という特殊なコンテンツの場合には、これが通用しないわけです。「オタクコンテンツ」が「構造」と「方式」を決めていくという逆流をおこすことになるという面白い現象があらわれるわけですね。企業からすると、それまでのエンターテイメント産業のやり方では通用しないわけですから、戦術的な要素が盛り込まれることに成ります。