私の知り合いで、日本で教育学を学んだ中国人の教育専門家や、中国の小学校を卒業して日本の中学校に通っている生徒さんなどがいますが、彼らと日中の中等教育のちがいについて意見交換したことがあります。日中間の大学生・大学院生レベルの留学はかなり盛んですが、中学校の交流も今後益々盛んになっていくでしょう。今回は、日中の中等教育のちがいをご紹介しながら、育て方のちがい、そして日中の社会のちがいを考えてみたいと思います。
1.「日本の中学校は、中国とはちがうな~」
中国から日本の中学校に来た生徒さん、そしてそのご両親(中国人)が、「日本の中学校は、中国とはちがうな~」と感じ入ったこととして以下を私に教えてくれました。
(1)家庭科:日本では学校で料理の仕方などを教える科目があります。これは中国には(あまり)無いと聞いています。中国では、上海などの男性は家で料理をつくるといわれていますが、同時に外食も盛んなので、料理をほとんどまったくしない中国人もいると聞いています。日本でもさまざまな人がいますが、家庭で料理をつくること、食事についての教育を重視していこう(「食育」とよばれます)という強い問題意識があります。
(2)「お弁当」:上記の「食育」にも関連すると思いますが、日本の中学校・高校では母親が毎朝「お弁当」を作り、子供が学校に持っていって、お昼ご飯として学校で食べる習慣があります。(親が仕事の都合などで「お弁当」を作れない場合には子供は学校でお昼ご飯を買うことができます。)これも「中国とはちがうな~」という点の一つだということです。(日本でも小学校では「お弁当」はなく、給食です。)母親が真心をこめた「お弁当」が大変貴重だという考え方があります。
(3)体育:中国でも体操などはあるようですが、日本はもっと体育教育が重視されて盛んなようです。日本の中学校において、本格的な様々なスポーツを、体育の授業(そして更に課外活動、クラブ活動として)男女の生徒ともに行っています。日本では体育の授業の時は体操着に着替えますが、中国ではあまり着替えないそうです。これは体育授業が本格的かどうかという点と、日本が湿気の多い気候(したがって汗をかきやすい)であるのに対し、中国は乾燥していることが理由としてあるのでしょう。中国では「徳智体―三好学生」というそうですが、日本の方が体育は重視されているようです。
(4)運動会:上記の「体育」とも関係しますが、日本の学校では運動会が小学校から高校まで盛んに行われています。特に小学校レベルですと、日曜日に開催され、親兄弟や祖父母が応援にくる、大きなイベントです。子供の運動会での活躍を参観する有名人達の様子が、毎年日本で報道されています。
(5)作文教育:日本では作文は個人の感情を表現できるかどうかが重視されるようです。そのために、細かく気持ちを描写したりして、説得的に他者に気持ちを表現することが求められるそうです。もちろん、文章の文法が正しいかということは重要な点ですが、文章を「美しく」書くということは、中国と比べればおそらくさほど重視されていないようです。中国では作文は「正しく」「美しく」書くことが求められるようです。きれいな形容詞をつかっているか、といったことが指導される点だそうです。また中国では比喩を多用したり、偉人の発言を引用したりもすると聞きました。日本では文章に比喩を用いすぎると、陳腐だと思われることがあります。中国では模範的な文章を書く、という発想から、優秀な作文がよく模範として他の学生に示されるということです。それに比較すると、日本の作文教育では、作文はそれぞれに個人的なものなので、模範的な文章というものを他の学生に示して、「これと同じように書きなさい」と言われることは少ないのではないか、ということです。
(6)クラブ活動:日本では放課後、様々なクラブ活動(課外活動)が行われています。そのために学校の先生も顧問、監督といった立場で指導をしています。中国でも放課後の課外活動はあるようですが、それは稽古事の一環(したがって教えてくれる先生には指導料、授業料を支払う)という位置づけがなされている場合が多いようです。ただ、昨年から学校内での稽古事を禁止するようになり、塾(培训学校)で行うことになったとも聞きました。いずれにしても、日本の学校のクラブ活動とは異なります。日本の学校でクラブ活動が盛んなのは、稽古事というよりも、鍛錬をし、強い意思をつくり、幅広い意味での人格形成をするという考え方によるものだと言えるでしょう。指導してくださる先生に、生徒が指導料、授業料を支払うということはないようです。その分、指導してくださる先生には負担がかかります。
(7)学園祭:日本では中学校、高校、そして大学と、学園祭があります。学校は開放され、学校の外から多数の人が学校を訪問します。そこで、自分のクラブ活動の発表をしたり、他の学校や、地域社会との交流をしたりします。
(8)寒い中でも厚着をしない:これはよく指摘されることですが、日本では寒さに対して厚着をしないような考え方が一般的です。中学生も、女の子はスカートをはいており、またオーバー、コートなども無しで歩いている学生さんが多いです。ただ、日本の寒さは、中国の寒さとはちがって、比較的温かい地方が多いという点はあると思います。
(9)友達付き合いの違い:日本の学校での友達付き合いの仕方の特徴として気付いたこととして、日本では友達が数人で固まって、「親友」をつくり、親友以外とはあまり付き合わないような雰囲気がある、と感じたということです。これはおもしろい指摘で、更に研究が必要です。
(10)PTA活動:日本では父母が学校運営に意見を言い、学校運営に参加するPTA活動があります。これは学校にもよりますが、かなりの時間を父母が割くことが求められます。
2. 子供の育て方のちがい~親子関係、そして社会のちがい~
総じて言えば、日本の教育では子供が厳しい社会に出る前に自立させることを重視しており、中等教育はその重要な過程にあると言えます。日本では「可愛い子供には旅をさせろ」という表現があります。このような表現が中国語であるか、と聞いたところ、ある中国人は、「女要富着養,男要穷着養」という表現があると教えてくれました。これは女の子は大切に育て、男の子は厳しく育てるということのようですが、日本の表現とはちがう意味だと思います。日本では、女の子も厳しく育てるという考え方です。
日本ではよく子供を「甘やかす」ことはよくない、と言います。これに相当する中国語は、「嬌生慣養」とか「溺愛」でしょうか?
私が以前河北省を旅行していた時、中国人で日本語が上手な観光ガイドさんに案内をしてもらいました。そのガイドさんが私に言ったのは、「日本人の家族が観光に来ると、小さな子供にも必ず自分のリュックサックを持たせており、子供に自分の荷物は自分で持たせて、親は子供の荷物を持たない。しかし、中国では子供の荷物は親や祖父母が持つ。ここに両国の子供の育て方の違いの一端が見れる」と述べていました。
中国では親も祖父母も、子供をとても大切にしているようです。日本人男性と結婚している中国人女性が話してくれたことですが、その女性は、ある時、日本人男性の両親に子供(その両親からみれば孫です)の面倒を見てもらおうと頼んだことがあるそうです。中国であれば、そのような時、祖父母は喜んで孫の面倒をみてくれるということです。しかし、その日本人祖父母は、「自分にはその日には前からの予定があるので、孫の面倒を見れない」と言って断ったそうです。そのことが、この中国人女性にとってはちょっと驚きというかショックだったそうです。確かに、日本人の老夫婦(祖父母)は、自分の生活を大切にしており、孫の面倒を最優先するということはないかもしれません。ただ、その代わり、自分の老後の面倒を子供や孫にみてもらうつもりもないようです。
日中の子供の育て方の違いについては、上官子木氏著『細説中国人』という本にいろいろ興味深い点が書いてあります。上官子木氏は、日本の父母は子供が艱難を経験し、強い性格をつくることを希望するのに対して、中国の父母は、子供が順風満帆な道をあゆみ逆境に遭遇しないように助けたいと思っていると比較しています(p2)(その他の記述は末尾注を参照)。冷たい社会から庇護したいという気持ちもあるのでしょう。これは、日本社会と中国社会の違いも背景にあると思います。日本では「渡る世間に鬼は無し」という表現もあり、他人や社会全体は個人に対して暖かく接してくれるという期待が強くあります。
日本では「子孫に美田を残さず」という表現もあります。子供に「美しい田」、つまり財産を残すことは、子供を甘やかすのでかえってよくない、という考え方です。日本においては、大金持ちが死亡すると多額の相続税が課せられますが(つまり大金持ちからは国が相続の税金をたくさん取るので、子供が相続する財産が大きく減ってしまう)、そのような制度を支えている一つの社会的な考え方は、人間は自分の力で社会の中で活動して社会に貢献することが尊いことであり、親から貰った財産で安楽な暮らしをすることは尊いことではない、ということがあると思います。このように、子供の育て方の考え方と社会の成り立ちは、場合によっては密接な関係もあるのではないかと思います。
(注)上官子木氏著『細説中国人』2000年初版、三聯書店(香港)有限公司
第一章「国民性的基因傳承」の記述:
① 中国では子供に沢山食べさせ、太らせるが、日本では太りすぎは健康によくないので、子供を太らせないようにする。(p2)
② 日本では子供の体を鍛練して、病気にならないような体をつくることを重視している。環境に適応できる能力をつくるという観点から、(寒い時でも)薄着をさせる。これは中国人から見るとかわいそうである。中国は保護型の養育方式である。(p2)
③ 子供が家事を手伝うかどうかで違いがある。日本の子供で毎日家事の手伝いをするのは30.9%だが、中国の子供は14.4%である。日本の子供が手伝う家事で最も多いのは、「食事の準備と後かたづけ」が多いが、中国の子供が手伝う家事で最も多いのは、「自分の部屋と物の整理」である。自分のことを自分でやるのは、本当は家事の手伝いではない。(p33)
(井出敬二・日本外務省大臣官房審議官、元在中国日本大使館広報文化センター所長)
「チャイナネット」 2010年1月8日