ノコギリやカンナも中国から伝えられたものだ。当初は中国と同じように押していた。しかし、ノコギリは手前に引いた方が微妙な細工が可能になることから、日本では中世以降手前に引いて切るようになった。カンナも手前に引いたほうが加減ができることから、現在ではほとんどが手前に引いて掛ける台カンナが普通である。槍の穂先のような刃をつけて押しながら使う「槍カンナ」は日本では桶屋の間に残っているという。
ジャガイモやニンジンの皮むき器はどこで発明されたのか分からない。しかし、むく方向は日本と中国では反対である。私は日本では向こう側から手前に引いて使っていた。中国では逆である。手前から向こう側に器を持っていく。勤務している大学で、「日中文化の違い」について話したとき、この皮むき器を教室に持ち込み、実験したことがあった。ジャガイモとニンジンを使って、「私はこうやって皮をむく」といいながら手前に引いてやってみた。すると、女子学生たちは、「わあ~っ、危ない!」と言って、驚いた。何が危ないものか。手前に引いていれば、危ない場合はいつでも止めることができる。向こう側に押していれば、すぐには止めることができない。手前に引くほうが危険ではない、と説明した。しかし、学生たちは納得しなかった。手前に引いたほうが正しいというのではない。自国の文化だけを主張すれば必ず摩擦が起きる。違いを理解してほしかったのである。それが国際化の一歩だと思う。“文化交流年”などと言われるが、ジャガイモやニンジンの皮のむき方の違い一つでも、相手に理解してもらうのはなかなか難しいことを体験した。
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