在中国日本人の特別寄稿:“頑張れ、日本!”

在中国日本人の特別寄稿:“頑張れ、日本!”。 翌日は朝からテレビでも、ニュースサイトでも、日本の地震と津波のニュースのことばかりだった。この時、初めて映像を目にした私は、自分の目を疑った。大きな津波が街を飲み込んだ。その後、街はすっかり変わり果ててしまった…

タグ: 地震 津波 空母 仙台 物資

発信時間: 2011-03-17 13:39:23 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

3月11日、マグニチュード(M)8.8の地震が日本の東北沖で発生したというニュースが流れた。たまたまテレビを観ていた私は「また地震か」と思っただけだった。その後、中国の友人から立て続けに何本か電話が入り、「日本で地震があったが、ご家族は大丈夫か?」と心配そうに訊ねてきた。「大丈夫ですよ」と答えつつ、四川大地震があったから中国の人も地震に敏感になっているのかな、という程度にしか考えなかった。

翌日は朝からテレビでも、ニュースサイトでも、日本の地震と津波のニュースのことばかりだった。この時、初めて映像を目にした私は、自分の目を疑った。大きな津波が街を飲み込んだ。その後、街はすっかり変わり果ててしまった。それは、『日本沈没』という映画で観たシーンそのものだった。あんなことが現実に起ころうとは。その日、マグニチュードは9.0に修正され、中国のテレビ局は特別番組を組み、朝から晩まで地震と津波による被害状況を伝えていた。そして顔見知りの中国人からひっきりなしに電話がかかってきた。

地震から3日目。仙台の知人に電話がつながった。家の中は地震でめちゃくちゃになったが、市内はすでに電気も水道も通り、生活に支障はないとのことだった。駅も空港も被害に遭い、仙台港沖に米軍空母が停泊し、そこから物資が輸送されてくるという。中国からの救援隊と救援物資も到着、こうした支援は本当にありがたい、と語っておられた。災害の後、一番気になるのは、被災者のメンタル面の問題だ。被災者が災害に負けず、復興に向けて頑張れる元気があるか。その知人は、地震の後、何十年も音信普通だった海外の友人からも電話があったと喜ばれておられた。電話1本の激励の言葉が被災者の心を支える。世界中が見守っている。“頑張れ、日本!”

(作者は北京駐在日本人)

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年3月17日

日本人フルタイムスタッフ募集
「中国網日本語版(チャイナネット)」の記事の無断転用を禁じます。問い合わせはzy@china.org.cnまで

コメント

コメント数:0最新コメント

コメントはまだありません。