幹線道路を左に曲がり、路地に入った。道の真ん中に一頭の牛が静かにたたずんでいる。車が牛の前で停まると、牛は車内をにらみつけた。その眼は怒りと悲しみを含んでいるかのようだった。
いま富岡町には数百頭の「放し飼い」の牛がいる、と松村が言った。震災後、畜産業者たちはみな非難した。牛が餓死するのを恐れた人が、縄をほどいたのだ。牛と自動車の衝突事故は、これまで200件以上に上る。
警戒区域内では、過半数の牛が死んでしまったと松村は言う。かつて日本政府は警戒区域内の動物をすべて処分しようと考えたことがある。しかし松村は反対だった。