日本の家庭の主人の給与は直接妻の口座に振り込まれ、主婦が一家の資産を掌握している場合が多いことから、「ミセス・ワタナベ」のような日本独特の現象が起きたのだろう。2007年、円を売り外貨を買う「ミセス・ワタナベ」は、円が持続的に下落する重要な要因ともいわれ、その名は世界へと広まった。中には主婦投資家鳥居万友美さんのように、回収率200%で月に100万円を稼ぐ「優秀な主婦」も現れ、そのノウハウをまとめた単行本『FXで月100万円儲ける私の方法』が出版されると、同じようにそれまで子育てと家事に追われていた主婦が積極的に投資分野に乗り出すようになった。
しかし2009年以降、円は上昇を続け、加えて保証金率が2010年8月1日から一律上限(100倍から)50倍にまで下げられると、「ミセス・ワタナベ」の利益も縮小し、投資熱もクールダウンしたが、それでも「ミセス・ワタナベ」は金融界にその美名を残した。
そんな「ミセス・ワタナベ」と同工異曲の妙を得ているのが、今年金市場に登場した「中国のおばさん」だ。4月、金価格はかつてない暴落をみせ、12日と15日の両日だけでも国際金価格は12%下がり、過去30年で最も激しい下落となった。その後、金市場に買い手が殺到し、需要と供給のバランスは破られた。この間「中国のおばさん」はたった十数日で金300トンを購入、1000億元を消費した。この数字は昨年1年間の販売量の約4割、中国の1年の金産出量の4分の3に匹敵する。度重なる空売り競争の果てに、世界企業上位500社にランクインする米金融グループのゴールドマンサックスは真っ先に白旗を上げ、金融界のボス対「中国のおばさん」の攻防戦は、中国側の完全勝に終わった。
しかし、「中国のおばさん」が金を購入したからといって、実際に金価格を揺るがすということはない。ジュエリー店の金の量と金市場はそもそもまったく不釣合いで、「中国のおばさん」が購入した金の量は、金市場の全体で見れば微々たる量にすぎず、金市場を大きく左右するということはない。金価格が調整期に入ったのは正常かつ自然な流れで、決して「中国のおばさん」の功労ではない。金価格の下落に伴い、「中国のおばさん」の資産は縮小し、一世を風靡したこの新しい投資家たちが金融市場で足場を固めることはなかった。
歴史の偶然と必然