英フィナンシャル・タイムズは17日、アジア版編集長のデビッド・ピリング氏による記事「日本の雇用改善、労働者の利益にはならず」を掲載した。主な内容は以下の通り。
日本の労働力市場では現在、奇妙な事が起こっている。日本の失業率は3.7%という低い水準にとどまり、最低で3.5%にまで下がっている。一部の経済学者は「完全雇用」とさえ言える状態とこれを見ている。失業率のわずかな上昇は、就職をあきらめていた人が労働に参入しつつあることを示している。
この状況を後押ししているのは、ベビーブーム世代の定年者数がミレニアル世代の就職者数を超えつつあるという人口状況だ。求職者100人につき110個の就職ポストがあり、求人倍率はここ20年で求職者に最も有利となっている。一部の産業(長距離運転や医療など)では、雇用者がいくら探しても人材が見つからずにいる。建築現場の監督人材も深刻な不足にある。建築会社は休日出勤や残業できつい上、津波で被害を受けた海岸の修復や2020東京五輪の準備などで需要が高まっているためだ。ある牛丼チェーンはこの夏、人手不足で約2000店舗のうち10分の1を閉めた。
人材不足の下では賃金が大幅に上昇するのが常識だ。だが残念なことに、日本はその状況にはない。一方の企業は、記録的な利潤を上げている。日本政府は企業に対して利益の共有を求めており、一部企業はいくらか賃金を引き上げたが、インフレの速度には追いついていない。金融刺激策と消費税の3ポイント引き上げによって日本の物価は上昇し続けている。
労働力不足の影響は一部では見られる。今年7月、正社員の現金収入は前年同月比で2.6%増額し、17年ぶりの伸びを記録した。だが多くはボーナスの形で支払われ、従業員が長期的に頼ることのできる基本給が上がったわけではない。
日本の賃金が市場圧力に反応しようとしないのはなぜか。この問題は、労働力市場の構造的変化に根を持つ。一般的な見方と異なり、日本の労働力市場の柔軟性は非常に高い。保護を受けている終身雇用の労働者(今は少なくなりつつある)を除き、40%近くの労働者は柔軟性の高い労働条件で働いている。報酬の比較的低い労働に従事し、時給を得るこれらの労働者に福利はほとんどなく、多くが常に失業の危機にさらされている。
もちろん就職市場でこのような両極分化が起こっているのは日本だけではない。海外の安い労働力と技術による代替がきく状況で、非技術もしくは半技術の労働に従事することで得られる報酬は自然と低くなる。だが日本では、この問題への対応がとりわけ難しい。通貨の再インフレによる効果を得るためには、給与がインフレと同時に上昇する必要がある。だが労働力に占める短期労働者の割合が高いことによってこのプロセスは阻害されている。
日本はいかなる措置を取るべきか。少なくとも3つの措置が考えられる。第一に、過度の保護を受けている正社員と保護が十分でない非正規社員との間の格差を縮めることだ。慶応義塾大学の川本明特任教授は、一部の労働者だけを甘やかすのは日本の利益にかなっていないと指摘する。川本教授によると、絶対的な就業の安全は冒険行為を妨げるが、日本が必要としているのはまさにこのような冒険である。