金銭外交が効を奏しなかった日本は、「積極的平和主義」に切り替えて国連安保理常任理事国の扉を再び叩いている。以前の金銭外交は「安保理は取締役会ではない」と叱責された。今回の「積極的平和主義」は効を奏すのだろうか?(文:王義桅・中国人民大学国際問題研究所所長、国際関係学部教授。人民日報海外版コラム「望海楼」掲載)
筆者は今年初めに平和学の父であるノルウェーの学者、ガルトゥング氏と話を交わした。ガルトゥング氏は日本語が話せ、妻は日本人という正真正銘の「日本通」だ。ガルトゥング氏は私に、日本の安倍晋三首相は自身の「積極平和学」概念を盗用したと話した。日本の学者がガルトゥング氏の積極的平和学から派生させた「積極的平和主義」は安倍氏に気に入られたが、これはガルトゥング氏の考えに反するものだ。 表面的には、安倍氏のいわゆる「積
極的平和主義」は人々を大変惑わすものだが、詳しく調べてみると二重の意味で違憲だ。第1に日本国憲法に違反し、第2に国連憲章に違反する。
戦後、日本国憲法第9条は日本が交戦権を放棄し、軍隊を保持しない平和主義国家となることを定めた。このため憲法そのものが「平和憲法」と呼ばれた。後に自衛隊が創設されたとはいえ、その機能は長年「専守防衛」に限定されており、集団的自衛権も行使できなかった。「積極的平和主義」は平和の名の下に軍事力を表に出す企てであり、平和主義ではなく、好戦主義だ。
国連憲章は、世界の平和と安全を守るうえでの安保理の権威を強調し、軍事的手段を含むあらゆる必要な措置を用いて世界の平和と安全を守る権限は安保理のみにあると定めている。また、全ての非軍事的手段が無効であると証明された時に初めて武力に訴えることができると強調している。国連憲章第5章、第6章、第7章には、これらの原則について詳しい記述がある。一方、「積極的平和主義」は米国の必要に応じて日本が自ら判断し、武力的手段を含む選択を講じて自らの目標を達成する面が大きく、これは国連憲章の精神に明らかに違反する。
国際社会の目に曇りはない。金銭外交であれ、「積極的平和主義」であれ、一時的には惑わせても、ずっと惑わすことはできない。日本が常任理事国入りするには、大きなアキレス腱が3つある。
第1に、誤った歴史観。日本は侵略の歴史を直視できないだけでなく、侵略の歴史の確定評価と戦後国際秩序を覆すことを企てている。国連の適任な加盟国にすらなれないのに、安保理常任理事国入りなど問題外だ。
第2に、米国の同盟国であること。周知のように、日本の外交と安全保障は米国に束縛されており、決して独立したものではない。安保理常任理事国入りは米国と西側の発言力を強化するだけだ。いわゆる「積極的平和主義」は、米国の要求に応じる積極姿勢の面が大きく、世界の平和と発展に真に積極的に貢献するものでは決してない。
第3に、やっかいな位置づけ。安保理常任理事国は自国を代表するだけでなく、世界のある面を代表するものだ。例えば中国は安保理で発展途上国の権益を代弁している。日本は誰を代表するのか?先進国を代表するのか?先進国は議席の5分の3を占めている。アジアを代表するのか?世界の主要経済国を代表するのか?それとも他のものを代表するのか?地域のバランスから言っても、人口から言っても、日本に十分な代表性はなく、安保理常任理事国入りを目指すことで自らの狭隘な動機を覆い隠すことはできない。
日本はこの3大アキレス腱を直視できない。従って、どのような旗印を掲げようとも、安保理常任理事国入りは行き詰まる。日本は安保理常任理事国入りにあれこれ知恵を絞るよりも、徹底的に反省し、まず国際社会の信頼される適任な一員になった方がよい。(編集NA)
「人民網日本語版」2014年9月26日