船舶衝突事件は、中国人民の大きな憤慨をもたらした。それは、日本の領土拡大に対する横柄さを表す事件だったからである。日本はもともと第二次世界大戦の敗戦国であり、国土はすでに4つの大きな島と諸小島に限定されたはずである。それを、冷戦時代の中米対立を利用し、日米同盟を通して違法に琉球に対する施政権を得て、自らの合法領土と称し、中国の東海分割を要求、更には釣魚島が琉球に属していることを理由に、釣魚島を奪い取ろうとしている。
今回の騒動は収まりつつあるが、今後、日本はまた領土や海域の面で騒ぎを起こし続けるだろう。そのため、我々はここに日本が琉球の合法主権を持っていない真相を明らかにし、それを世界に知らしめ、中国の主権闘争を保護しなければならない。
周知の通り、琉球は古来よりわが国の領土であり、一時的に日本に占領された。明洪武五年(公元1372年)から、琉球は自らを「臣」として、中国に対し「方物」(土地の産物)を献上(朝貢)、その冊封関係を500年維持していた。1871年、日本は武力で琉球を占領したが、当時の清政府はこれを認めなかった。1943年11月22日から26日まで行われたカイロ会談で、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズヴェルトは中華民国主席の蒋介石に対し、琉球を中国に返還することを二度に渡って提案した。米国務院のカイロ会談及びテヘラン会議の外交歴史文書に次のような記録がある:「ルーズヴェルトは琉球諸島問題に触れ、蒋介石に対し中国は琉球諸島返還を望むかと何度か尋ねた。蒋介石は、中国は琉球諸島を米国との共同占領にしてもよいと答えた。」これは、中国と琉球の密接な関係をルーズヴェルトが認めていたことを証明している。