十八大代表、寧徳市委員会書記の廖暁軍氏は、「当時の寧徳市は貧困からの早期脱却、プロジェクト受注の必要性に直面していたが、『金山や銀山も必要だが、それ以上に緑色の水と青い山が必要だ』という基準に従い、環境資源を犠牲にする発展の道を絶対に歩もうとしなかった」と語った。
実際に、政府の経済発展方式に対する描写は、2006年年末の時点ですでに変化していた。同年の中央経済工作会議で、政府の経済発展目標は「より速く、より良く」という長年の習慣を変え、「より良く、より速く」に変更した。
「良く」と「速く」の順序が変わっただけだが、地方政府の関係者も専門家も、政府の動向の変化を読み取っていた。中国経済はそれまでのGDP成長率ばかりを求める方式を変化させ、構造調整により高効率・高品質の発展方式を目指す必要が生じたのだ。