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07年の「中国十大考古学新発見」
発信時間: 2008-05-04 | チャイナネット

国家文物局と中国考古学会は2008年4月8日、07年「十大考古学新発見」の選考作業を実施。一次審査を通った23件の項目について15人の選考委員が表決投票を行い、07年の十大新発見が確定した。結果は以下の通り。

 

 

人類頭蓋骨の化石

 河南許昌霊井旧石器遺跡

 遺跡は河南許昌市霊井鎮の西側に位置する。05年6月、初めて考古学的発掘が行われた。07年の49㎡の発掘では、大量の石製品や動物化石のほか、TG9の深さ4.99m(基点から)地点で人類の頭蓋骨の化石が発見された。頭蓋骨化石の発見は、東アジア古人類の変化と中国の現代人類の起源を研究する上で、重要な学術的価値がある。霊井の動物群では絶滅率が44%という比率と光ファイバー年代測定の初歩的な実験結果に基づけば、化石出土層は今から8万-10万年前の時代に位置し、世界の古人類学研究で最も議論伯仲する敏感な時代に当たる …

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中国十大考古新发现 

住居跡

河南新鄭唐戸遺跡

 遺跡は河南省新鄭市観音寺鎮唐戸村の南部から西部にかけて、潩水河と九龍河が交差する狭角の台地に位置する。代々「黄帝の口」と呼ばれてきたところで、第6回全国重要文化財に指定された。唐戸遺跡は文化遺産が豊かである。裴李崗文化や仰韶文化、龍山文化、二里頭文化をはじめ、商や周の文化が一つの時代を越えて集落群遺跡を形成している。裴李崗文化が内包する意味はさらに豊かになり、集落の形態や住居の建築様式、とくに裴李崗文化時代の家族組織や構造、農業文明の起源などを研究する上で重要かつ学術的な価値がある …

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西城壁白原畈

浙江余杭良渚文化古城遺跡

 浙江省杭州市の西北約20㎞、三面を山に囲まれた峡谷地帯に位置する。東苕渓谷が西南から東北の方向へと続く、2つの山の間の約40㎢の範囲に、130カ所余りの良渚文化遺跡が分布している。反山や瑶山、匯観山などの貴族の墓地や祭壇、面積約30万㎡にわたり土を打ち固めて基礎にした大規模な莫角山遺跡など。良渚古城は長江下流で初めて発見された良渚文化時代の遺跡であり、同時代の中で面積最大の古城である。この発見によって良渚文化の研究に新たな視点が開かれ、中国文明起源の研究で新たな重要な資料となる…

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遼瓦店子遺跡

湖北鄖県遼瓦店子遺跡

遺跡は湖北省鄖県柳陂鎮の遼瓦村四組に位置する。海抜151-174m。「南水北調」プロジェクト湖北ダム地区の第2次文化財保護プロジェクトの一環。現存する遺跡の総面積は12万㎡。05-07年にかけて、武漢大学考古学・博物館学部と湖北省文物考古研究所が遺跡の6600㎡にわたって発掘を行った。その結果、新石器時代後期、夏、商、西周、東周、漢、唐、宋代の遺跡と遺物が大量に出土した。とくに新石器時代から西・東周までの遺物が最も多い。初期の研究成果によれば、同遺跡の発掘はこの地域の歴史と文化を深く理解する上で重要かつ学術的価値がある…

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関帝廟遺跡の出土品

河南滎陽関帝廟遺跡

 関帝廟遺跡は、黄河以南地域で初めて発見された大規模面積の商代晩期の集落。発掘で姿を現した埋葬、祭祀、手工業工房の配置ははっきりしており、集落内部が機能別に区分されていたことを物語っている。完ぺきな形で残る商代晩期の集落の発見や豊かな遺物の大量の出土は、商代の考古学的発見では初めてであり、この時代の集落の構造や社会形態などを模索する上で重要な意義がある…

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狩猟文様の錦 

江西靖安李洲坳東周墓葬

 李洲坳墓葬はこれまで発見されたなかで時代は最も古く、棺も最も多く、構造が最も特異で、一つの穴に多くの棺が埋葬された墓である。考古学的側面から分析すると、李洲坳墓葬の出土品は江西貴溪崖墓から出土した器物とほぼ一致する。湖南地区の越人の墓の副葬品とも似ており、南方の越人集団が持っていた特殊な文化を反映している。同時に、墓の構造や漆器の一部の特徴から分析すると、早期の楚文化の要素を備えている。李洲坳墓葬が示しているのは底の深い越文化の要素、一部で越文化の風格の影響を受けた新しい形の青銅文化を備えていることである。また、春秋時代に江西の西北部で高度な青銅文明を持った大規模な政治集団が存在していた可能性をも示している …

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M12で出土した金銀の器

新疆巴里坤東黒溝遺跡

東黒溝遺跡の石で囲まれた住居跡の発掘は、わが国では初めてのこと。古代遊牧文化の住居跡は長期にわたり知られておらず、今回の発掘でその性質と機能が明確になり、今後の同遺跡の考古学的発見と研究で有益な経験となる。墓の発掘により、墓主をはじめとする外来文化と人と家畜をはじめとする土着文化が並存していことが分かり、それは征服者と被征服者との関係を反映したものである。東天山地域では早期の遊牧文化の大型集落跡が5カ所発見された。文献に記載のある古代の月氏、匈奴の王庭と関係がある可能性が非常に大きい…

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邙山墓群の分布図

河南洛陽偃師後漢帝陵・洛陽邙山墓群 

 後漢王朝は12基の帝陵を建造したが、そのうち11基は洛陽周辺に分布している。文献の記載によれば、漢魏の洛陽故城の西北にある邙山地区に5基、故城の東南の洛南地区に6基の陵墓がある。洛南の陵墓はそれぞれ明帝顕節陵、章帝敬陵、和帝慎陵、殤帝康陵、質帝静陵、桓帝宣陵。帝陵のほか、多くの后妃や王侯貴族を埋葬した副葬墓もある… 

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晋墓M1

新疆庫車友誼路晋十六国時代煉瓦室墓 

埋葬方法は内陸部と同じで、酒泉や嘉峪関の魏晋の壁画墓、敦煌の佛爷廟湾墓地と祁家湾墓地、大通上孫寨墓地などの煉瓦室墓と酷似している。墓の年代は晋―十六国時代(3世紀末―4世紀末)か、それよりやや遅い年代と推定される。この典型的な漢墓がクチャで発見されたことは、晋―十六国時代に中原の漢文化が西域の亀兹地区に直接的な影響を与えたことを反映している。埋葬者は伝統的な漢晋文化の影響を深く受けた亀兹国の貴族である可能性がある…

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 中国十大考古新发现

河北磁県東魏元祜墓

河北磁県東魏元祜墓・河南安陽固岸後漢北斉墓地 

 この墓地は多くの王朝にわたり、時間も比較的長いが、北朝時代を主体としている。北斉と東魏時代の墓誌煉瓦が出土したことから、年代は比較的はっきりしており、器物も実に様々で、しかも多くが平民葬である。故鄴城周辺で東魏、北斉の平民の墓地が発見されたのは初めてであり、故鄴城の配置を完ぺきに研究する上で重要な資料となる。平民の墓であるため、さらに研究すれば、当時の社会生活の状況や生産力の水準をより正確に示すことができる。同時に人類学や人種学の研究にも新たな課題が提供されるなど、科学研究面で極めて重要な価値がある。とくにこの地区で北周の墓が発見されたのはこれが初めて…

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「チャイナネット」2008年5月29日

 
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