現在のイメージ
江戸中期、唯一の交易国だったオランダから日本の現代医学のルーツともいえる「蘭方」がもたらされるようになると、漢方は次第に脇役へと追いやられていった。それでも鍼灸治療などは盛んに行われていたが、明治維新によって、漢方は完全に医学の表舞台から姿を消すことになる。 新しい医療制度で、漢方医や鍼灸師は埒外に処理されてしまい、それ以降は現代医学で治療の範疇に入りにくい症状を得意とする民間療法になっていったのである。同じ名称の薬でも、中国のとは効能が違う漢方が日本には存在したりして、漢方に「慢性病専門」といったイメージがあるのは、以上のような理由によるものである。
日本での現状
第二次世界大戦が終わってしばらくすると、漢方をめぐる状況はかなり変化する。慢性病への効能が評価されたエキス漢方が薬価(注1)に収載され、中国との国交正常化もあって、本来の漢方、つまり中医学の知識が入ってきたのである。
しかし、正しい知識が入ってきたとしても、実際の医療や制度がより良い方向に発展したとは言い切れない面もある。専門家として中医学を正しく学ぼうとする者、漢方薬や鍼灸を現代医学にも活用しようとする者、日本の漢方を固持しようとする者の三つに分かれてしまっているのが現状である。
なぜ、今、中医なのか
大勢で動き回るパッケージ・ツアーよりも、少人数でゆっくり旅を満喫する個人旅行などのブームに見られるように、いわゆる「癒し」という言葉でくくられる物事への人気が高まっている。その傾向と中医やその他の伝統的治療方法が見直されていることの根っこは同じだと思う。
便利さ、スピード、科学的なことばかりを追い求めてきた足を休めて、周りを眺めてみると、現代社会にはいろいろなひずみが表れだしているように感じられる。
現代医学がかかえる大きなひずみの一つに「薬の副作用」があげられる。薬害訴訟に発展するような生命にかかわる副作用もあれば、湿疹や臓器の機能障害といった慢性的な副作用もある。
現代医学の過度な専門性の高さも薬の副作用問題の要因といえる。複数の医院や診療所で受診したお年寄りが、何種類もの薬を処方されるのも問題だが、処方された薬の中に、胃腸薬と胃腸障害の副作用がある薬の両方が入っているなどというばかげたことも十分に起こりえる。一方で、漢方医にある「異病同治」という考え方をベースにすれば、こういうケースはかなり防止できるはずだ。
生活習慣病こそ中医の出番だ。癌・心疾患・脳血管疾患のいわゆる三大生活習慣病による死亡割合を見ると、50年前と比べて1.7倍(人口10万人単位)にもなり、中でも癌は3倍にも増えている。
これらは食生活や飲酒・喫煙といった生活習慣の改善で発病の確率を下げられる病気だから、キーワードは「予防」ということになる。現代医学の基軸も「治療医学」から「予防医学」へ移りつつある。
中医には「未病」(注2)という未発症の病気を表す言葉と、それを治す「治未病」という方法があり、これは昔から中医の重要なテーマであり、得意分野である。
ただし、現代医学から中医へシフトすればいいという短絡的な発想ではなく、現代医学以外の価値観の導入も必要だということを理解すべきなのだろう。
そのためには、現代医学とは異なる視点で体のしくみや病気をとらえる別の医学体系があればベストだ。だからこその「今、中医、さらに東洋医学」なのではないだろうか。
注1 薬価とは、日本国により決定される医療用医薬品の公定価格のこと。
注2 中医独自の病気に関する考え方と表現の一つで、未発症状態の病気のこと。
「人民中国インターネット版」より 2010年5月10日