資料館の歴史資料によると、第二次大戦中に中国を侵略した日本軍は、武力で中国を打ち負かせないことを意識し、偽札の製造を開始した。これにより中国をインフレに陥らせ、経済秩序を乱そうとした。またこの偽札を使うことで、中国で物資を「購入」することができた。同研究所が偽札製造に従事する部門であることは、「極秘中の極秘」とされていた。日本の敗戦に伴い、偽札製造に関する資料が焼却処分された。当時の研究所の職員が証言したことで、この歴史が初めて日の目を見ることになった。
記者は資料館内で、当時製造された偽札の数多くの資料を目にすることができた。山田朗館長によると、日本軍は1942−1944年の3年間に渡り、中国に大量の偽札を投入した。その価値は現在の20兆円以上に相当する。中国は国土面積が広いため、日本軍は当初の目的を達成できなかったが、偽札を使い中国で大量の物資を購入することができた。これには食糧などの生活物資のほか、日本に途絶えること無く運び込まれる金銀などの貴金属が含まれた。
山田館長は記者を案内し、日本軍が当時ここで研究していた細菌兵器に関する情報を説明してくれた。山田館長によると、日本軍が当時中国で細菌戦を仕掛けたという確かな証拠があるが、これらの資料は日本の正式な公文書に跡を留めていない。
同資料館の開館以来の来館者数は4万人以上に達している。記者は日本各地からの来館者による感想を読む事ができた。「歴史の真相を知り受け入れる勇気を資料館からもらった。この歴史を語り続けることがとても大切だ」「より多くの日本人が真の歴史を理解することを願う」「日本がかつて犯した間違いについて反省しなければならない。日本にはドイツに学ぶべき多くのことがある」
見学後も、山田館長の次の言葉がこだましていた。「ここに展示されているのは、変えることも否定することもできない、歴史の事実だ。日本にとってこれらの事実を認めるのは非常に苦しいことだが、真剣な態度でそのまま継承しなければならない。これこそが歴史であり、歴史を認めなければ悲劇の再演を防止できない」
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2015年3月25日