シルクロードと日本の皇室
できるだけ客観的に述べるために、2014年2月19日~4月5日にかけてパリの日本文化会館で行われた展覧会「蚕-皇室のご養蚕と古代裂,日仏絹の交流」記念文集の内容を極力引用して紹介する。この展覧会は日本の宮内庁と文化庁、国際交流基金が主催したもので、主に宮内庁と宮内庁所属機関の三の丸尚蔵館、正倉院が記念文集の解説執筆に当たった。
記念文集を開くとすぐに、「養蚕の起源は中国」との指摘がある。
日本で最初の人文科学の教科書、すなわち中国から伝わった四書五経などの古典には、黄帝妃によって始められた養蚕が民間に広く伝わった、と記されている。明らかに、この上古の美談はシルクロードの原始要素が下敷きになっており、それとリンクしている。日本最古の史書『日本書紀』にも養蚕についての記載がある。それによると、日本の天皇が皇后に桑を摘ませ、養蚕をするよう勧めたという。したがって、皇后による養蚕祭祀の儀式は8世紀初頭の御所で始まったことになる。
民間の養蚕と染織技術は3世紀まで遡る。大陸から日本に渡った技術工の指導の下で、日本の養蚕絹織物業は長い年月を経るうちに盛んに発展していった。1859年に横浜が開港した時、生糸は日本の輸出品として主要な位置を占めていた。明らかに、歴代皇后が受け継いできた養蚕は、伝統文化の継承だけでなく、日本の経済収益にも貢献したのである。中でも、今上天皇の皇后である美智子皇后の貢献は特に顕著だ。美智子皇后は絶滅の危機に瀕している日本の野生品種「小石丸」を飼育し、皇室養蚕所でつむいだ生糸を正倉院に提供した。この生糸は代々伝わる宝物の復元と修理に用いられた。当然、宝物の一部はシルクロードと中国から伝わったものだ。また、宮中祭祀で使用される装束や外国元首への贈り物にも皇后が飼育した蚕からつむいだ生糸で織られ、縫製されている。