(片山清美さん、21歳)
故郷にいた頃は、中国の男性も日本の男性もあまり変わらないと思っていた。しかし中国の男性のほうがよりさわやかでオープンかもしれない。
中国の男性と半年つきあって知ったことは、彼らの負担がかなり重いということだった。歴史的負担、経済的負担、伝統的負担など、息が出来ないほど押さえつけられている。特に家族の負担には一番、頭をかかえているようだった。
家族のために必死で働く。どんなことがあっても、子供をもっといい学校に行かせるために、あるいはもっといいピアノを買ってあげるために。それを知ると少し悲しくなる。
しかし愉快でのんびりしている面もあって、レストランで大きなジョッキでお酒を飲み、カラオケで楽しそうに歌っている姿を見ると、その豪快でさっぱりした面に感動する。若い世代の男性は独り立ちしている人が多い。私が一番好きなのは、皮ジャンを着てオードバイに乗り、颯爽と駆け抜けるスマートな男性だ。
たとえチャンスがあっても、中国の男性と恋愛することはないと思う。それはなんだかお兄さんのように感じるから。妹とお兄さんは恋愛ができるのかな?実のところビビッとする感じがない。
しかし山や川がある美しい場所に一緒に観光するのは絶対におもしろいと思う。それは中国の男性は文化がありユーモがあることでよく知られているから。
私はいつも中国の男性を、竹の風格があり鷹の鋭敏さと度胸を備えているという風にたとえる。果たして私のたとえはあてはまっているだろうか。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2010年4月22日