文=コラムニスト・陳言 | 勝又依子(翻訳)
東京中野区に新井薬師という閑静な住宅街がある。車庫付きの低層一戸建てが並び、家々を取り囲む壁にはフラワーポットが掛けられ、見た目に美しく環境にもやさしい花の壁が出来上がっている。
その新井薬師に“ドットコム”というネットカフェがある。
「5月24日に閉店します。店内のパソコン、テレビや机、そして本棚などは欲しい方に差し上げます。もしご希望のものがございましたらここにお名前を書いてください」
と20代後半のように見える女性の店長は、お店の備品が記されている一冊のノートを取り出しながら言った。東京の若い女性の例にもれずきちんと化粧されたその顔からうかがえる表情は淡々としたものだった。閉店まではあと半月、20数台のパソコンやテレビ、机たちの新しい行き先はまだないようだ。
日本のネットカフェは中国のそれとはだいぶ違う。ここに来ているのはネットゲーム目当ての高校生ではなく、決してパソコンが得意とは言えない中高年の日雇い労働者だ。彼らはパソコンでテレビを見たりしながら時間をやりすごしている。ネットカフェの利用料金は大抵どこの国でも比較的安い。ここでもソフトドリンク付き2時間で500円、高校生のアルバイトの時給の半分程度だ。
ここに来る人は皆スリッパに履き替え、思い思いの姿勢でゆっくり、寝転がったりすることもできる。基本的にはひとりで1ブース、カプセルホテルとさして変わらないそのスペースを利用できる。夜になれば、ホテルには泊まれない懐事情の人たちもやってくる。一晩過ごすのには2000円かかる。ビジネスホテル代の3割ほどだろうか。シャワーはないが、とにかく眠ることができる。住む家のない日雇い労働者の最低限の生活を支えている場所だ。
パソコンにはそれぞれヘッドフォンがつながれており、利用者がパソコンで映画を観ようがチャットしていようがカフェ自体は静かなものである。夏になれば団扇も置かれ、暑ければそれであおぐこともできる。もちろんエアコン完備のその空間自体は利用者が暑がることなどほとんどないのかもしれないが。