6.中国における卓球の「北強南弱構造」
卓球は1988年ソウル五輪から正式競技種目になって以来、合計37枚の金メダルが出た。中国はそのうち86%に当たる32枚を獲得した。卓球はいまやオリンピックおける中国の最強種目となっている。
中国を、長江を境として北部と南部とに大雑把に分け、これまでの計29人の卓球五輪金メダリストを出身地別に見た。21人が北部出身であり、特に東北地方出身者は10人にのぼった。南部出身者は8人であった。すなわち中国卓球五輪金メダリストの出身地では北部は72%、南部は28%となっている。
中国の卓球オリンピック金メダリストに北部出身者が多いだけではない。興味深いのは、日本のトップクラスの卓球選手の多くが、流暢な北部訛りの中国語を喋ることである。日本の一流選手のコーチに、中国北部出身者が多い故である。
中国の卓球選手が選手として、そしてコーチとして、世界各国で活躍して久しい。
この現象はスポーツとしての卓球の世界的普及に大きな役割を果たしてきた。日本でも大勢の中国出身の卓球コーチが日本人選手育成に尽力している。これら中国北部出身のコーチは日本で教えるだけでなく、教え子をふるさと中国での強化合宿に連れて行く。中国での特訓で育てられた日本人選手は、自然と北部訛りの中国語を会得する。
例えば四度の五輪出場を果たした日本人卓球選手の福原愛は、専属コーチも専属スパーリングパートナーも中国東北地方出身者であった。彼女はまた中国遼寧省にある本渓鋼鉄クラブに所属したことで、東北訛りの中国語にさらに磨きをかけた。
卓球のオリンピック金メダル分布は、中国で「北強南弱構造」になっているだけではなく、世界的に見ても中国、日本、韓国といった北東アジアに集中する構造になっている。
これまでのオリンピック大会の卓球競技の結果を見ると、中国は金メダル32枚、韓国は同3枚、日本は同1枚を取り、三カ国合計で同種目97%の金メダルをものにした。唯一の例外は1992年バルセロナ五輪でスウェーデンの選手が金メダルを1枚獲得したことである。
北東アジア三カ国が、オリンピックにおける卓球金メダルを総ナメできたことは、同地域における濃厚な人的交流の賜物である。
卓球は日本ではオリンピックで決して強い種目ではないものの、人気が高い。これは中国の選手との長い交流や切磋琢磨の歴史が寄与しているといっていい。
これに加え、卓球を介した歴史的なエピソードも残っている。1971年、愛知県名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権に、中国が6年ぶりに出場し、大会終了後に中国がアメリカの卓球選手を自国に招待したことを契機に世界のパワーバランスが大きく変わった。同年7月にキッシンジャー大統領補佐官が極秘に訪中、1972年2月にニクソン大統領が訪中、のちの日中国交正常化もすべてがこの「ピンポン外交」の賜物であった。中国の改革開放そしてソ連の崩壊も、こうしたパワーバランスの変化の結果といえよう。卓球を介した歴史の大転換を記念する行事は、いまなお日本で開催されている。
AI対話アプリを提供するSELFが2020年東京五輪の直後に実施した「東京オリンピックに関するアンケート調査」では、「東京オリンピックで、あなたが最も楽しんだ競技は?」の回答で、ダントツ1位に輝いたのは卓球だった。オリンピックで最も金メダルを稼いだ柔道は第3位であった。卓球の絶大な人気には、アジアの人的交流の積み重ねがある。
歴史のさまざまな要因で北東アジアの国と国との関係と感情には、いまだ対立と不信感が残っている。しかし、長い交流の歴史があるゆえに、北東アジアにおける個人と個人の間には、強い磁力がある。