予想をはるかに超えた日本の対中諜報戦

予想をはるかに超えた日本の対中諜報戦。 東郷和彦・元外務省欧亜局長はこのほど、釣魚島を巡る中日の争いが、戦争に発展する可能性もあると示唆した。元外交官の東郷氏によるこの発言は率直であるが、実際、日本はとっくに中国に対して諜報戦を開始しており、中日の海上戦に向け情報収集を盛んに行っている…

タグ: スパイ 情報 諜報 軍事 日清戦争 空母

発信時間: 2012-07-06 14:36:15 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

資料写真:日本の情報収集のスタッフ

日本は甲午戦争の開戦前にも、中国で諜報活動を大々的に展開していた。当時27歳だった荒尾精・陸軍中尉は1886年、諜報網を形成するため中国に渡った。荒尾精は薬の行商を偽り、北京、長沙、重慶、天津、福州等に拠点を築き、中国主要都市を結ぶ諜報網を形成した。さらにこれらの都市を足がかりとし、中国の農村部に活動範囲を拡大した。一部の日本人スパイは施工中の威海衛の砲台と栄成湾の付近に身を潜め、日本軍が山東半島を上陸地点とするための下準備を行った。また一部のスパイは北洋水師(北洋艦隊)の軍械局の内部に潜入し、艦隊のすべての情報を把握していた。

日本は再びこの使い古された方法により、スパイを派遣し中国を偵察し、戦争に向け準備を整えている。野田首相は自衛隊を訪問し訓示した際、「戦争を忘れるのは危険だ」と述べたが、これは戦争動員令であると言える。2年後は甲午の年に当たるが、中日両国が120年の時を隔てて、再び開戦する可能性が浮上している。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2012年7月6日

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