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山高し道遠し 徐敦信元駐日大使が見る中日関係
発信時間: 2009-09-21 | チャイナネット

さらに日本国内について言えば、80年代末から90年代初めてにかけてのバルブ経済の崩壊は、戦後日本が受けた最大のダメージとなりました。一貫して政権を握っていた自民党に一度、政権の座を失わせただけでなく、より深刻なのは、日本社会と人々の考え方、気持ちに極めて大きなダメージを与えたことです。改革開放を経た中国経済はその勢いを増し、低迷にある日本経済との対照は鮮明になってきました。中日両国の国力に歴史的な変化が起きたのです。およそ20世紀末までに、両国のGDPは当初の1:10から1:2未満にまで変わりました。地域であり、世界であれ、いずれもより中国に好感を持つようになりました。

 

バブル経済の崩壊による日本経済へのダメージは具体的です。日本の友人の言葉を借りれば、「目覚めれば、財は半減していた」。日本社会には不透明感が蔓延し、ナショナリズムが高まってきました。対外政策の面では、強硬姿勢に変わり、それは対中国だけにとどまりません。これが中日間に古い問題、そして新しい問題を次々にもたらしているのです。例えば、歴史教科書、日米の「新防衛協力指針」の制定、釣魚島、靖国神社などをめぐる多くの問題がそうです。

 

しかし、様々な問題が出てきても、批判し、闘い、またそれぞれの政府が冷静に考えることで、最終的に適切に処理することできるでしょう。この一時期、干渉が非常に多かったとはいえ、中日関係の大局は根本的には損なわれていません。

 

「政冷経熱」から戦略的互恵へ

小泉純一郎氏が01年4月に就任し、06年9月に安倍晋三氏が首相になるまで、中日は5年の長きにわたる政治の「氷河期」にありました。この時期の中日関は総体的に、「政冷経熱」を特徴としていました。

 

「政冷」は主に二つの面に見られます。第一は、ハイレベルな相互訪問の中断です。しかし、往来できない状態にまでには至っていません。国際会議においては、主に歴史問題に話題が集中しました。第二は、両国の民間の友好的な感情が希薄になったことです。中国人の対日本のみならず、日本人の対中国も同様です。

 

7、80年代、世論調査によると日本の庶民が最も友好的だと感じていた国は、1位が米国、中国が2位で、好感を抱いている人は70%を占めました。新世紀に入ると、様々な矛盾、また中国の高度成長に正しく対処できなかったことから、好感度は低下していきました。

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