北京日本学研究センターの徐一平主任に聞く

北京日本学研究センターの徐一平主任に聞く。

タグ: 留学生活 北京外国語大学 北京日本学研究センター 徐一平主任

発信時間: 2010-08-17 14:49:26 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

----初めて日本に行ったときはどのように感じましたか。

当時の大平班は全体で120人おり、大平班の教師は出発前にいくつかの注意事項を語りました。いくつかの基本事項以外に、生活面での注意事項も話されました。その中で印象深かったのが、先生が黒板に絵まで描いて日本でどのようにトイレを使うかを説明したことです。何故なら当時中国のトイレはまだ非常に簡単で、多くは和式のものが多かったためです。しかし日本では多くが洋式の便座でした。我々のうちの教師の中には農村出身の者もおり、便座を使ったことのない者もいました。トイレの件で日本のホテルの担当者とは何度も問題が生じていたため、中国のイメージにも影響を与えていました。そのため教師達は説明しやすくするために、特別に黒板に絵まで描いたのです。これは私に強い印象を与えました。今から思い返すとこうした話はみんな笑い話になっていますが、当時は両国の経済や生活面で大きな違いが存在したのです。

----両国の文化や習慣の違いから気まずい思いをしたことはありますか。

日本人との付き合いの際には注意する必要がある点があります。日本人と初めて接した時には、礼儀があって丁寧だと感じるでしょう。当然、現在では中国人に対して最初から他人行儀過ぎない人もいます。当時我々は人数も少なく、日本人に与えた印象は中国国内で選ばれた、厳しい勉強を経てきた人間というものでした。我々留学生に積極的に接触した教師や同級生、近所の人などは中国に対して友好的でした。ですからとても熱意があり、礼儀正しいという印象を与えたのです。しかし触れ合う時間が長くなると、日本人のこうした他人行儀なあいさつが双方の間に壁を作っているのを感じます。(彼らは)いつもあなたを外の人として捉え、心と心で交流することを難しくしています。よく憶えているのですが、当時、神戸大学の国際交流科がよく留学生を集めてシンポジウムや交流会を行い、日本の市民に参加させたことがあります。当時は日本が「国際化」を唱えている年代で、様々な活動を通じてその国際的な影響力を強化することを希望していた時期でした。我々が当時行ったあるシンポジウムのテーマは「日本人の皆さん、私を外人あつかいしないで下さい」というものです。日本人は様々な面で非常に礼儀正しいですが、留学生から見るといつも外人として扱われている感じを与えます。ですから日本人と本当に心から友人になりたいなら、実際にはもっと馴染む必要があります。

----日本に行った後、日本や日本人に対する見方は行く前と比べてどういった変化がありましたか。

天と地がひっくり返るような変化はなかったと言ってよいでしょう。従来の理解や認識がより深まっただけです。元々は日本人は豪華なものを崇拝せず、静かで素朴、優雅なものをより好むとしか知らず、その中の味わいや妙味を理解することはできていませんでした。京都のような典型的な伝統文化の都市を訪れると、ガイドが清水寺のような様々な寺院を熱心に案内してくれることでしょう。こうした木造建築の多くでは原木が使用され、故宮のような華麗さや雄大さ、豪華さはありません。桜が満開の時期を除いて、普段は見渡す限りの木々が広がっています。寺院の外見には大きな違いはないものの、深く理解するとそれぞれの寺院に独特の歴史や文化があることがわかります。中国人はおおらかで壮観なものが好きですが、日本人は小さく精緻であることを尊びます。また日本人は仕事に対して非常にまじめで、どんなに小さな仕事でも全力で責任を持って行います。こうした精神が1970から80年代の日本で輝かしい成果を挙げたのでしょう。

----帰国後はずっと日本語教師としてお勤めですか。

私の専門は日本語の言語学なので、帰国後は北京外国語大学日本語学部で日本語教師をしていました。1985年に中日双方の協力の下で現在の日本学研究センターが設立されました。私は1994年から日本学研究センターで勤務しております。日本学研究センターで修士課程を学ぶ学生は在学期間中に日本に半年研修に行くチャンスがあり、博士課程の学生は1年行くチャンスがあります。専門は言語、文学、社会文化、経済などです。こうした角度から日本を研究するため、学生は必ず自ら日本を理解するプロセスを経ることになります。日本留学の経歴は彼らが修士課程や博士課程を修了し、論文を書く上で優れた役割を果たしています。

----その後、再び日本に行かれましたか。中国と日本の社会にどんな変化があったと感じますか。

日本語教育に従事しているため、よく日本を訪れて学術シンポジウムに参加します。1989年に帰国した際に感じたのは、中国の変化は小さいということでしたが、ここ十数年で中国の社会に発生した巨大な変化には感嘆せざるを得ません。現在の世代の若者は、初めて日本に行ったとしても、当時の我々のように驚いたり新鮮に感じたりすることはないでしょう。特に北京や上海といった大都市で暮らす子供たちは様々な現代的な事物に慣れていますから、驚かないでしょう。ある時、日本学研究センターの留学生が日本の街角で資生堂の化粧品を見かけ、日本の化粧品は安いと感激したことがありました。2-30年前に我々が日本に行った時とは違います。当時我々が日本に行った時には見るもの全てが高かったですが、ここ数年で中国人の経済状況に生じた変化がどれほど大きいかがわかります。現在我々の教師や学生の一部が日本に行く目的の一つは買い物です。日本の多くの衣料品や生活用品、電子製品などの商品はいずれも中国より安いからです。

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