◇それでも残る
108人の日本人が中日関係が悪化する状況の中で中国に残り続けているのにはそれぞれ現実的な事情がある。しかし中国人と交流する中での何気ない感動が、彼らの選択を揺るぎないものにしている。多くの中国人は「政治は政治」という冷静な態度で、特殊な時期には彼らを労わり、同情する。
◇「中国人の人情に感動した」
今年150人の中国人学生と20人の日本人留学生が笈川さんの特殊クラスに参加し、学習・生活を共にした。笈川さんは、「こうして毎日に一緒にいることで本当に理解し合える。例えば、誰かがしょげている時、中国人は積極的になぐさめるが、日本人は1メートル離れたところで静かに寄り添う。はじめ日本人留学生は中国人学生の関心と『優しさ』は偽善的と思うが、少しずつそうではないことに気づく。最終日に別れる時には日本人留学生は名残惜しくて涙を流す」と語る。
笈川さんは中国人学生と日本人留学生の間にできた友情に感動させられるという。より多くの日本人留学生が特別クラスに参加し、1000人の日本人留学生と1000人の中国人学生が学習・生活を共にするのが笈川さんの目標だ。
本書ではほとんどの執筆者が半分以上のページを割いて中国に残る理由を綴っている。例えば笈川さんは、日本では公共の場で子どもが泣くことは許されないし、親も周囲の人から非難されるが、中国では周囲の人が子どもをあやして笑わせる。それが笈川さんが感動するところで、「中国は人情が濃いから生活してても疲れない」と言う。
◇「わたしの仕事は外交ではなく、お客さんを送ること」
佐渡多真子さんは10年近く中国で生活している女性カメラマン。昨年9月に在上海日本総領事館が複数の日本人がレストランで殴打されたと公表、日本のメディアでもデモ隊が日本のスーパーや日本車を壊すニュースばかりだった。佐渡さんは北京でダンスのレッスンがある日で、どうしようか迷ったが行くことにした。「着くとそれまでの心配はまったく無用で、中国の友人がみんな大丈夫か聞いてきた。ダンスの時の手を握る動作で以前は軽く握っていたのに、その日は隣の人が私の手を強く握り締めてきた」と振り返る。
釣魚島「国有化」騒ぎの後、一部の日本人が中国でタクシーに乗車拒否された。佐渡さんは好運にも乗車を拒否されたことはない。タクシーに乗る前ドライバーに「日本人ですがいいですか?」と確認したことがあるという。するとそのタクシードライバーは「もちろん。私の仕事は外交ではなく、お客さんを送ること」と答えたという。
◇「安心して食事してください。お客さんはお客さんですから」
2011年3月11日、日本で大地震が発生後、中国在住の日本人も中国で募金を集めた。山本達郎さんもその一人だ。山本さんは淘宝(タオバオ)に口座を開き、募金を募った。多くの中国人が寄付してくれ、ある中国人は電話をかけてきてタオバオに口座を持っていないから銀行口座に寄付できるか聞いてきた。その後、彼は2000元振り込んでくれたという。その募金で9万3千元集まった。
ある時、山本さんが友人と洋食レストランに行きメニューを注文した後、ウェイトレスが「どこの方ですか?」と聞いてきた。日本人と答えて3分後、レストランのオーナーが出てきて「安心して食事してください。ウェイトレスにはお客さんはお客さんだからと言い聞かせておきましたから」と言った。
◇私が残る理由は、中国人のシングルマザーへの優しさ
一人中国の職場で奮闘する日本の「シングルマザー」佐藤愛さんはお見合いテレビ番組「非誠勿擾」に出演し、思ったことをすぐ口にする性格で中国で人気者となった。昨年9月の中日関係悪化で上海で収録した番組が一時放送中止になりがっかりしたが、佐藤さんは中国に残ることを選択した。彼女はその理由を、上海人のシングルマザーへの優しさに感動したからと本書に記している。
「9年前、私と息子は上海に来て留学生活を始めた。その時知り合いは一人もいなかった。私たちは大学の寮に住み、上の階には大学教師夫妻が住んでいた。異国の地で子どもを他人に預けるのは心配だが、その夫妻と知り合いになり、彼らはよく子どもの面倒をみてくれた。寮から出た後も時々子どもを彼らのところに預けた。おかげで私は仕事に専念することができた」と佐藤さんは振り返る。
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