中日文化交流に身を捧げる音楽家
田瀟氏は80年代生まれで、2014−17年に日本で留学した。洗足学園音楽大学電子オルガンコースの修士課程を修了し、同学院の首席演奏家の栄誉を授かった。現在は国内で創業し、オンライン・オフラインの音楽教師として、電子キーボードの編曲・創作・演奏を教えている。
田氏は「日本の流行文化というと、初めに思い浮かぶのは日本のアニメ・マンガだろうが、実際にはJ-POPも日本文化に彩りを添える宝石だ。電子オルガンはポピュラー音楽を創作し演奏するための武器になる」と述べた。J-POPが好きなことから、田氏は中国で大学を卒業すると日本に渡り、電子オルガンの修士課程で学ぶことを選んだ。
田氏のコースには当時、外国人留学生が2人しかおらず、他は全員が日本人だった。田氏は常人には想像もできないほどの努力によって、同コースで唯一「首席演奏家」に選ばれた卒業生となった。「諦めようと思ったこともあるが、頑張り抜くことができた」
田氏は、国内の文化・音楽産業の発展チャンスは、日本では比較にならないほど多いと考えている。改革開放から40年が経ち、多くの国民の生活水準が向上し、精神文化の需要も日増しに拡大している。田氏は、日本の有名音楽家の窪田宏氏が中国で講演した際に通訳を担当し、現場を訪れた観客の数と熱意に驚かされたと振り返った。「電子オルガンの愛好家が今やこれほど多いとは思わなかった」田氏は、これは中国と海外の文化交流の広さと深さが非常に高い水準に達していることを意味するが、そのすべてが開放政策のお陰だと考えている。また文化産業の力強い発展、対外交流の頻繁化により、海外から帰国した音楽家は才能を発揮する環境を手にした。「この偉大なる時代に身を捧げ、文化を跨ぐ交流の使者になり、中国のポピュラー音楽の発展水準を高めるため貢献できることを幸運に思っている」
これは改革開放から40年に渡る、世代の異なる3人の日本留学生の物語だ。中国の対外交流が日増しに密接になり、開放の扉が大きく開かれるに伴い、より多くの若い留学生が海外に進出し、学んだ知識を祖国に持ち帰り、改革開放の偉大なる楽曲のため生き生きとした楽譜を書き続けることだろう。