日本の福島第一原発から約40~50キロ離れた飯館村は、原発から半径20キロ圏外で汚染が最も深刻な地域の一つであり、代表的な原発事故被災地でもある。原発事故発生後、飯館村では高い放射線量が計測され、日本政府は避難地域に指定、全村の住民約6000人ほぼ全員が村外に避難し、近くの福島市などに身を寄せている。しかし多くの村民が依然として、「去る」か「留まる」かの選択を迫られている。
◇目に見えない放射能の脅威
飯館村の管野典雄村長は、「避難所で数日過ごした後、車で村に戻り、自宅で一晩過ごす村民もいる。それは、避難生活でストレスがたまるのと、我が家のことが気になるからだ」と話す。
飯館村は農業で知られ、全村の大部分の住民が牛の飼育や稲・花の栽培といった農牧業に携わり、高い収入を得ている。村では各家の庭に花や植木が植えられ、かつての村人の豊かさと安定が見てとれる。飯館村は有名な観光地でもあり、福島県が東京などの大都市から定年退職者をここに呼び寄せていた。記者が車でこの緑に恵まれた土地を通過する際にも、放射能の影は落ちているが、所々に住民の安逸な昔の生活を感じることができた。
しかし、目に見えない放射能の脅威がこの村を蝕んでいる。原発事故発生からすでに半年経ったが、飯館村の放射線量はまだ楽観視できない。大気中の放射線量率は4~7マイクロシーベルト/時と、東京の数十倍か百倍以上。外に出ると、1日に2~3回X線検査を受けたことになる。これは日本政府の設定した避難基準を大きく上回る。この放射能値は人体の健康には影響は与えないが、長期的な生活にはふさわしくない。より重要なのは、土壌汚染の浄化作業が進んでおらず、汚染の除去には数年から数十年、或いはもっと時間がかかる可能性がある。
◇移住、職探しが問題に