経験2:副都心や新都心を建設し、都心の人口圧力を緩和
ロンドンやニューヨーク、パリなどの国際的な大都市は、急速な都市発展の中で「一極集中」の都市構造を変えるチャンスを失ってしまったが、東京はそのチャンスをとらえ、「多極分散」の発展戦略を計画的に実行した。副都心や新都心の設立が、都心部の人口や機能を分散する重要な措置となったのである。
第一に、東京は何段階かに分けて副都心戦略を実施した。都心部の業務及び商業活動の負担を軽減するために、都市の土地をバランスよく利用することに努め、58年、82年、87年と段階的に新都心戦略を実施した。副都心と都心がいっしょになって東京の都市機能を引き受け、「都心―副都心―周辺の新都心―隣県の拠点地区」という多核多圏域型の都市構造を徐々に形成した。
第二に、軌道交通によって副都心の発展を促進した。副都心の建設と同時に、交通網の建設にも力を入れた。まず、都心を囲む環状線を建設し、各交通ターミナルを中心として各副都心を結んだ。その後、各副都心を起点として、近郊や近隣の都市に延びるいくつもの放射状の軌道路線を建設。路線の末端は新しい中小都市や工業の中心として発展した。こうした長年にわたる建設の結果、東京大都市圏は現在、総延長280キロ余の地下鉄、303000キロ近くに及ぶ鉄道を擁している。軌道交通システムは毎日2000万人以上の乗客を輸送し、東京の旅客輸送量の86%を占める。朝の通勤ラッシュ時の都心部では、91%の人が軌道交通を利用する。
第三に、60年代以来、日本政府は税制面などで副都心や新都心を優遇してきた。インフラ建設の強化、中小企業の発展支援などを通して、こうした地域への都市人口の流出を促進し、過度な集中を回避している。