一方日本では『白毛女』がバレエの世界で生き続けていた。2011年10月、松山バレエ団の13回目の訪中公演でも再び『白毛女』が上演された。新版『白毛女』の音楽は歌劇の特徴を残し、歌も原版の王昆によるものが採用された。現代の歌謡曲を聞き慣れているであろう観客も『白毛女』の音楽とともに文革前のあの中国灯が色濃かった時代に舞い戻ったようだった。王昆の歌声には金持ちや地方の軍隊、悪政に対する深い憎しみが込められていた。そして現代の人々の心にも深い共鳴を覚えさせるような強い芸術的生命力を持ち合わせていた。
新版『白毛女』では、悪政をはたらく黄世仁と対抗する村民との戦いのシーンが以前よりも激しく残酷に描かれている。また、旧暦の12月30日に黄世仁が扇子を手にして武装した手下とともに揚家(喜児の家)に借金を取り立てに行くシーン(中国北部の農村で扇子を使うことはほとんどない)や、粉を挽く際に下女4人が石臼を回すシーン(通常は1人で回す)などは、新版に取り組んだ日本の脚本家が中国北部の農民生活をそう深く理解していないことがわかる。しかし一方でこうした中国人の常識を超越した舞台設計があったことで、この作品がまさに日本のバレエ団による『白毛女』だと強調できたのかもしれない。
森下さんは心を込めて全幕を踊りきった。20歳の喜児役を踊っているのがまさか63歳のバレリーナだとはとても想像できないような力強さだった。
『白鳥の湖』のオデット、『ジゼル』の村娘ジゼル、『くるみ割り人形』のクララ――森下さんが演じてきた世界的に有名な主役だ。今回喜児も仲間入りを果たしたのかもしれない。東西文化の懸け橋とも言える森下さんのバレエは、その鮮やかな色彩と無限に広がる表現とともに今もなお輝きを増している。
「Billion Beats 日本人が見つけた13億分の1の中国人ストーリー」より
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年10月31日