「原発から数百キロの距離にある岩手県や宮城県は、繊細な日本の食文化を誇る風光明媚なところです。ところが今回のことで観光客の客足が突然途絶えてしまいました」
辻元議員はこうした現象に心を痛めている。観光客が来なければ地方経済の回復にはさらなる時間がかかってしまうからだ。
「もし外国人ボランティアを乗せた飛行機が毎週1機やってきて、被災地復興活動を終えた夜には近くの温泉地で温泉と日本料理を、そして帰国前に日本の風景も楽しんで帰っていただければ、被災地の観光業が真っ先に復興するのではないかと思うのです」
彼女は興奮気味に語った。
観光を兼ねて被災地を訪れ、そのうちの1日、がれきの撤去や清掃など、それぞれが自分なりにできることをして帰っていく。そしてその小さな流れが集まって大きな流れになる――
そうしたボランティア活動が一種のスタイル、被災地が復興に向けて動き出すためのひとつのスタイルとなり得るのではないだろうか。
数十年前に多くの若者を率いて諸外国との民間交流を重ねていた辻元議員、彼女は今、さらに多くのボランティアとともにその新しいスタイルを実践している。
「Billion Beats 日本人が見つけた13億分の1の中国人ストーリー」より
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年6月1日