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(三)交流協力
相互学習の歴史 中日留学史話
内山書店と魯迅
京劇と歌舞伎 梅蘭芳父子と日本
日本から来た『白毛女』
鬼の大松監督と中国女子バレー
中日共通の「手談」囲碁の魅力
大相撲の中国興行
中国史を愛した日本人作家井上靖氏
中日合作映画 『未完の対局』
一服の茶にこめられた平和の願い
中日青年交歓活動
阿波丸の引揚げ作業
日本人の命を救うために
中国の砂漠緑化活動に献身した遠山正瑛教授
ニヤ遺跡にロマンを求める小島康誉氏
日本の対中国ODA
互恵・相互補完性の貿易パートナー
実り豊かな中日農業協力
言葉の架け橋
海を越えた愛
小沢征爾氏のまぶたの中の故里 中国
谷村新司さんと中国の縁
音楽に国境なし
手塚治虫氏と『孫悟空』
ジャッキー・チェンと日本の映画ファン
日本生まれ、中国育ちの「磁娃娃」 福原愛選手
中日友好の未来の担い手である子供たち
実り豊かな中日農業協力

コメは中日両国にとって重要な穀物である。1982年、日本の水稲専門家、原正市氏が中国に「畑苗移植法」の栽培技術を伝えた。この栽培技術を用いれば、通常の方法より水田1ムー(1ムは6.667アール)当り10%の増産が見込める。2002年までの10年で、原正市氏は46回も訪中し、この技術を中国で広く応用させた。現在、中国では水稲の作付面積の50%以上で「畑苗移植法」が採用されている。この技術を導入したおかげで豊作が約束されるようになり、中国の農民は笑顔で収穫期を迎えられるようになった。原氏このことを「何よりの慰めであり、喜びである」と言っている。原正市氏の傑出した貢献に対し、中国政府は「国際科学技術合作賞」を贈っている。

毎年夏になると、北京の至る所で「京欣一号」という品種のスイカを目にするようになる。このスイカを口にする時、人々は一人の日本人の名前を思い出す。

1985年、日本の育種専門家、森田欣一氏が中国を訪れ、北京野菜研究センターと協力して、新しいスイカの品種を誕生させた。そのスイカは皮が薄く、糖度が高い上、成熟も早く、生産性が高かった。この品種の合同開発の成功を記念するため、両国の科学者は、北京の「京」と欣一の「欣」を合わせ、このスイカを「京欣一号」と名づけた。栽培されるようになって十数年、「京欣一号」は北京で最も売れ行きのよい品種となり、北京一帯のスイカの栽培面積の60%以上でつくられている。

現在、中国は世界で最も広い面積でマルチ栽培法を実施している国家であり、この農法での生産大国である。マルチ栽培の技術を中国に紹介したのは、日本の石本正一氏であった。1980年代初頭、石本氏は無償でこの技術を中国に伝え、中国のために生産技術と生産設備を提供してくれた。マルチ栽培法の普及は、広範な中国民衆の生活に利益をもたらした。人々が最も嬉しく思っていることは、以前は地域や季節によって食べられなかった果物や野菜が、地域の別なく、一年中出回るようになったことである。この農法のおかげで、北部の寒冷地帯に住む人々も、冬に新鮮な野菜を食べることが可能になった。

水稲専門家原正市氏の授賞式
ブドウに関する管理技術を指導
大きく育った「京欣一号」
リンゴ「赤富士」を楽しむ子供たち
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